乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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カテゴリ:死と生について考える( 16 )

まだ、揺れる

直接の知合いではなくとも、
同じ病を生きて来たひとの訃報を聞くと、
まだこころが揺れる。

なんとなく
遠いところに目がいくような感じになる。

最初の手術の後
歩けるようになって
病室の外に出て見た
秋のきれいな空を思い出す。

そして、それを見ていて
涙が出て来たことを思い出す。

嬉しいとか、悲しいとか
そんな単純なことばでは
言い表せない気持だった。

今までは
アタリマエのように広がっていて、
日常の背景のひとつだったような空が
違うものに見えたような。

近くて遠いような。

そんな感覚を思い出している。

なぜか。




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by holyqueen | 2010-03-23 00:42 | 死と生について考える

年頭に思うこと。

昨年は、
例年になく多くの訃報を聞いた。

演出家の知人、
13歳の甥、
友達のお兄さん、
友達の猫、 友達の犬、
嫂の父、
行きつけの店のマスター。
治療仲間の友人や、
知合いを含めればもっといる。
知合いでないけど、
清志郎も、ピナ・バウシュも。

いくつかの葬儀にも出た、


このお正月、年賀状の文面から
沢山のいのちが生まれ出ていたことを知った。

同じ職場で仕事をしており、
バラバラになってからも
一緒に旅行に行ったりしていた
3人の友人、すべてのところにかわいい天使がやってきていた。

WSに来ていたメンバーで
今はアメリカに住む女性も、
あちらで生まれた男の子を
見せに来てくれた。


なんとなく、不思議な気分になった。

そして昨年は2人の友人が結婚した。

1人の結婚式では
ダンス・パフォーマンスもやった。
(奇しくもそれは嫂の父の通夜の日でもあった)


一昨年から、
周りで亡くなる方がふえていて
昨年はそのピークなのかしら、と思っていたけれど。
今年もさっき、また。


でも総体的に見てみると
亡くなったタマシイは
今生での衣を脱ぎ捨てて
彼方の世界へ昇って行き、

彼方の世界からは
新しい肉体を得て
また生まれて来ているのね、
と思った。


結婚をするということは
新しいタマシイの媒介をしますよ、
というこなのかもしれない。




知っている人が亡くなるのは
本当に残念で、悲しい。
(それはもっとこうしてあげたかった…という気持や
罪悪感が大きいと思う)

時間は取り返せないけれど、
そのひと(とか動物)を
思う気持、感謝する気持があれば
それはそのひとに届くのではないかと思う。
生前、どんな関係だったとしても。


私の場合も、
父が死してから
本当の意味で
感謝できるようになった気がする。
モノゴトの表の面だけを見ているうちは
気づかないことが
沢山あるものだということも。


そして、
新しく生まれ出たかわいいタマシイたちには
たくさんの人から愛情が注がれる。


こちらから去って行っても
こちらに来るものにも
媒介となるのは愛情なんだな、と思う。


他界した方には「いってらっしゃい、ありがとう」
生まれて来た赤ちゃんには「いらっしゃい、楽しんでいってね」
って。


死はふいに訪れるものでもあるから、
自分の危機の状態のときに
いやというほど向き合って、
今は死そのものを恐れてはいない。
誰かが亡くなる、というのはやはりつらいけれど。


つらいのなら
思う存分悲しみましょう。

そして、涙が止まったら
惜しみなく愛しましょう。
自分の身体も。
この人生も。
悔いのないように、
愛情をちゃんと表現しましょう。
悔いの少ない人生を送りましょう。


とか、
つらつらと思う年頭です。


今年もよろしくお願い致します。




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by holyqueen | 2010-01-04 02:11 | 死と生について考える

葬儀のこと、少し

甥の葬儀から少し時間が経ったので、
そのことを少し。

子供の死は誰にとっても
本当につらい。
そして、両親や兄弟の悲嘆は
見ていても本当に
胸が痛くなるもので。


私がしたことは
甥のメモリアルを展示することを家族に提案し、
家族からこれ、といわれた写真や絵、詩を飾り、
会葬の皆さんに見ていただいたこと。
そして
甥へのメッセージカードを
書きたい方に書いていただくコーナーを
作ったことだった。

思いのほか、
多くの方がカードを書いて下さった。

葬式という儀式は会葬の方のためでもあるな、
と思う。
きっと彼に伝えたかったことを
伝えられないままにいた方も多かったのだろう。
おとなもこどもも、書いてくれていた。

カードは柩の中に入れた。
彼の大好きだった、
たくさんのものと一緒に。

たくさんの涙とともに、
送られた。


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by holyqueen | 2009-10-22 15:31 | 死と生について考える

お通夜へ

前回書いた演出家のお通夜に行った。

彼は私が昔が研究生であった劇団の大先輩でもあり、
私の伯母と大の仲良しでもあった。

咽頭がん、胃がん、そして鼻への転移もあった、と聞いた。



最初のオペの後、
彼は声を奪われた。

演出家にとって声を奪われるということ。
仕事に多大な情熱を傾けていた彼にとって、
どんなにつらいことだったことか、
察するに余りある。

私が乳がんのオペをしたあとだったと思う。
彼の術後のエピソードを聞いた。

退院後、一人暮らしの家に戻り、
絶望感の中で何もやる気力が出ず
ぼんやりとしていたこと。
そしてある日、
ふとトイレの掃除を始めたら
きれいになって行くのが気持良くて
お風呂や台所、次々とエリアを広げて行って
家中がぴかぴかになったこと。
そしてそれと同時に
気力が湧いてきたこと。

そんな経過を彼が肉筆で書いた
伯母宛のFAXを見せてもらった。

その頃の自分は希望を見失っている最中だったが、
何ともいえない、
熱いものが胸の中に宿ったように感じた。

…人間って、本当にすごい。
そのときに感じた気持は
今でも変わらない。


彼には何年もお会いしていなかったけれど、
それを見せてもらって
連絡したい気持ちになったが
急にメールしても変だよな、とか
妙に考えてしまって
結局連絡はとらずじまいだった。

今の自分はそれをいちばん後悔している。
後悔しても遅いのだが。

精進落しの席のあと、
顔を見せていただいて
お別れをした。

とてもパワフルで、
がっちりした体型だった彼の面影はなく、
すっかり痩せて、面差しが変わっていた。

けれど、私の中に浮かぶイメージは
元気だった頃の彼の姿だ。
いつまでも。


本当はとても泣きたかったが
まだちゃんと泣けていない。
時期が来ればたくさん泣くだろう。



舞台への情熱、
いつまでも少年のような遊び心を持って
チャレンジしていたこと、
そしてがんになって
最期に入った病院で透析を受けながら
「ここにいると病人扱いされるからいやなんだよ」と
言っていたという彼の姿勢!

すべてに敬意を払い、
感謝を言いたい。


そして、
やがて訪れる死のその日まで
精一杯に生きたい。
自分の気持に正直になって、
悔いのない生き方をしたい、と
あらためて自分の気持を確認できた。


Kさん、ありがとう&おつかれさま!!


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by holyqueen | 2009-07-29 17:45 | 死と生について考える

友人の一周忌へ

週末、友人の一周忌へ行く。

彼女は、
メラノーマから(頭皮にできていたため発見が遅れたとのこと)
肝臓、肺に転移して亡くなったと聞いた。
昨年は自分の体調が悪く、葬儀には出られなかった。
また、その頃はまだ
彼女の死を見るのがつらい気持があったのかもしれない。

大学時代の芝居仲間だった。
彼女とは、劇団は違ったけれど
いろいろな大学の劇団同士で交流し、
舞台の仕込みやらバラシやら手伝い合っていた。

彼女は、当時演出をしていた彼と結婚したので
彼女を偲ぶ会には
昔の芝居仲間も大勢集まった。

彼の意向で
会場はスタジオ。
彼女の好きだったカレー屋さんのケイタリングの
おいしいカレーやスイカをいただいて、
みんなでわいわいしゃべりながらお酒を飲んだ。
まるで芝居の打ち上げのような雰囲気だったし、
同窓会のようでもあった。

彼と彼女の劇団のメンバーが、
当時舞台でよく使っていた曲を
CDにまとめてきて、聞かせてくれた。

もう25年くらい前になるので
当時の音源はレコードからカセットテープに落としたものが
ほとんどだったと思う。
また、古いジャズやシャンソンが好んで使われていたので
あの、レコード特有のしゃりしゃりした音が
レトロな作品作りを好む彼の
舞台上での効果のひとつにもなっていた。

音楽は、一瞬のうちに
その時代に引き戻してくれる。
懐かしい曲を聴いていると
劇場や楽屋の雰囲気や、化粧前の匂い、
マチネとソワレの間のひとときなどの記憶が
一気に感覚にのぼってきた。
彼女の台詞回しや、表情なども。

懐かしくもあり、
切なくもあるけれど、
学生時代に過去を共有した、というのは
やはりコトバでは言い表せない大きなものなんだな、と思う。
当時は、皆、自分がこんな年になるなんて、
思ってもみなかったわけだし…

その頃の同世代の友人でも、
後年知り合った年下の友人でも、
もう鬼籍に入っている人間は片手では収まらない。

彼の書いたお礼状には、
彼女を思い出す人がいる限り
彼女は生きていると思う。
だからさみしくはない、
と書いてあった。

本当にそう思う。

彼女のカラダはもうこの世にはないけれど、
タマシイはいつまでもあるものと思う。
思い出すことで、彼女の存在はよみがえる。


私が死んだら
歌えや踊れの飲み会をしてくれとツレには言ってあるけれど、
やっぱりこういう集まりはいいな、と思えた。
それは私が無頼な舞台人だったからかもしれない。


当日かけてくれたCDのコピーをいただいてきた。

エディット・ピアフの「バラ色の人生」が入っている。
それを聞きながら、
ちょっと感傷に浸ろう…


Nちゃん、ありがとう。





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by holyqueen | 2009-07-06 21:28 | 死と生について考える

湯灌の思ひ出。


「おくりびと」の原作である
「納棺夫日記」を読み返している。

この作者の文体は、
簡潔で淡々としている。

読んでいるうちに
自分から距離をとれ、
世間の物差しから距離がとれ、
静かな気持ちになることが多い。

ひとは誰しも死と生を生きている、
というシンプルな事実に立ち返る気持にもなれ、
時々引っ張り出しては読む。

読む毎に感じ入ることがある。


今日は読みながら
父の湯灌の時を思い出した。

私が仕事に行っている間に父が死亡したことは
以前ここに書いたけれど、

葬儀の手配先は既に決まっていたので、
死後、遺体はすぐに互助会の事務所に移動された。

葬儀まで1週間ほどあった。
事務所とはいえ
祭壇もあり、葬儀まで遺体を冷蔵保存してくれる。

葬儀の何日前だったろうか。
そこで湯灌を行ってくれた。

祭壇のある部屋で待っていると
係の男性と女性が
これから湯灌の儀を始めます、
ということをアナウンスし、
ステンレスでできた低いストレッチャーに乗せた遺体を
まるで舞台袖から出てくるように運んでくる。

横になり、
白装束を着せられている父の遺体の
胸辺りから足の先まで、白い布をおろして隠し、
装束を脱がせる。
そして設置してあるシャワーを使い、
身体を洗ってくれる。
そこまで、我々はそれを見ているだけである。

頭にシャンプー(!)をつける。
係の女性が少し洗ってから
よろしければご家族の方もぜひ、
という意味のことを言う。

シャンプーの泡の中に指を入れ、
ごしごし動かす。
アタリマエのことだが、
地肌が冷たい。
でもね、シャワーはぬるま湯だったのです。

再び係の女性が
身体全身に最後のシャワーをかけて清めてくれ、
タオルで丹念に身体の水分を拭ってくれ、
また白装束を着せる。

隠しの白い布がとられる。

メイクアップアーティストが使うような
本格的なメイクボックスを持ってきて
丹念に顔のメイクをしてくれる。

これで、湯灌の儀は終了だった。
見事なまで無駄のない動きだった。


死斑の出ているであろう身体を
見せないための演出は、
その時の自分にとっては
生々しい死の隠蔽なんだな、と感じられたことだったが、
それを見たくないという方も多いのだろう。

それにしても鮮やかな手さばきが
印象に残っている。



きっと彼らは
「おくりびと」を見たのだろうな。



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by holyqueen | 2009-03-24 21:38 | 死と生について考える

2年前のこの日に

2年前の今日、
以前の職場の同僚の葬儀に参列した。


彼女とは結婚した年、月も同じで一日違い。
彼女の結婚記念日当日が
彼女の告別式になってしまった。

突然の、自殺だった。

久しぶりに顔を合せた
昔の同僚たちと
帰りにお茶を飲み、
近況を報告し合ってから帰ったが、
なんともやるせなく
辛い気持だったことを
今でも思い出す。

彼女は私と仕事をしていた職場を辞め、
次の職場に移ってから
「ぜひ一緒に仕事をしましょう」と
誘ってくれ、そこに挨拶にも行ったのだが…
それが生前の最期の姿となった。
桜の終わりかけの、
花びらがほろほろと舞い散る季節だった。

今年になり、
自分の新しい職場に入ってきた女性が
偶然にも彼女の次の職場で
短い期間だったが一緒だったことがあり、
悩んでいた問題があったらしい、と伝えてくれた。

彼女の魂が、
今は平安に楽になっているといいな、と思う。

また、生まれ変わったら
一緒に仕事をしましょう。
今度こそね!



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by holyqueen | 2008-10-10 19:06 | 死と生について考える

ご冥福をお祈りします。

緒形拳さん
肝がんだったようですね。

周りにはひとことも
それを漏らさずに逝ったらしいですね。

本当にいい役者さんでした。
もっと仕事してほしかったと思う方も
大勢いるでしょう。
71じゃ、今の時代、若すぎる死です。

彼はカミングアウトしない方向で行ったようです。
松田優作路線ですね。

ご冥福をお祈りします。

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by holyqueen | 2008-10-08 00:04 | 死と生について考える

他人事じゃない。

女優の深浦加奈子氏、他界。48歳。



以下、少し引用します。日刊スポーツより。
03年3月に結腸がんで手術を受け、
その後は肝臓や肺に転移したため入退院を繰り返した。
仕事量を減らしながらも体調のいい時に活動を続け
「科捜研の女」「救命病棟24時」などに出演した。
 今年4月からの「科捜研−」新シリーズの出演依頼は辞退したが、
2月には下北沢の小劇場で主演舞台に立った。
7月末には原爆ドキュメンタリー番組のナレーションのため
母親らに付き添われて広島に出掛けた。
直後の8月4日に入院し、肺がんによる呼吸不全となり、
家族にみとられて息を引き取った。

++++

彼女は「第三エロチカ」という劇団の看板女優で、
劇団の最盛期の頃、何度か見に行った。
グロい内容の脚本が多かったが、その中で
美しく、きっぷのいいお姐さんという役どころがぴったりのひとだった。
当時、芝居をしていた自分にとってまぶしい存在でもあった。

まだ48じゃん。
自分より一つ上なだけだよ…
なんだかショックだなあ…


☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-08-27 16:20 | 死と生について考える
大学時代、ある教授が「唯幻論」なるものを唱えていた。
「すべては幻想である」という意味である。
興味のある方は「岸田秀」で検索を。


人間は個々の体験から作り出した
フィルターを通して世界を認識しているに過ぎなく、
自分にとっての現実というものを
自分で作り出しているに過ぎない。
という考え方がある。それにも、やや近いように思います。

そしてこれは誰にでもあるものなのだ。

(たとえば、「焼き鳥」は「鶏肉あるいは内蔵を串に刺して
塩、またはたれで焼いたもの」であるに過ぎないが、
人によっては「嫌い」「煙くさくなるのでいや」であったり、
「ビール」「ガード下」などの連想と結びついて、
それが分ちがたいものになることもある。
「焼き鳥」ひとつでも、それぞれの描く世界は違ったりする)


ここ最近になって感じるのは、
自分が「死」を前提に生きはじめたのかな、
ということである。

「死」を前提にしていると、
モノゴトの選択がシンプルになってくる。

会いたい人に会う。
疲れた時は休む。
できないこととできることを区別する。
やりたいことを大事に行う、
とか。

おかげさまで体力は大分上向いてきたし、
抑うつ的な状態からも抜けた。

けれど、いつ再発があるかもしれない。
それは大前提。
再び抑うつちゃんがやってくるかも分からないし、
治療自体も身体に大きな負担をかけるし、
ましてやオペは何をかいわんや、である。

今のような小康状態がいつ変わってもおかしくない。

と思うと、
here&nowということ、
今 生きている、ということが
とても大切な瞬間であると同時に、
「死」に向かっていることであると強く意識する。

どうせ死ぬのなら、
感情的なしこりも気がかりなことも
なるべく残したくない。
解決できるものは解決しておきたい。
フィルターをできるだけ外していきたい。
タマシイとカラダだけになりたい。

つまらないプライドも、
自分を大きく見せるものも必要がないし、
それは核心から遠回りするだけのことだ、と思う。

そう考えることでとても楽な部分がある。

手放すことは難しいけれど、
やりきった感のある今は
そのことの清々しさを感じる。

けれども忘れていた気がかりなこと、を
今朝の夢で見る…!

病前の自分と病後の自分は
変化しているので、
問題への取り組み方や感じ方も当然変化しているはずで、
そのことも、
今朝の夢は思い起こさせてくれた。

とにかく、
どんどんシンプルに…!

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-08-25 21:49 | 死と生について考える