乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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カテゴリ:カラダとスピリチュアリティ( 27 )

先月くらいから
右腕に痛みが走るようになった。
右腰にも、
わずかだけれど鈍痛が続いている。

全摘したのも右なので
その影響だろうと思っていたが、
友人の理学療法士に話をしたら
背中を見てくれた。

そして、
脊椎が左側に湾曲していること、
肩甲骨の位置も左右で違うことを指摘してくれた。

全摘再建で、右胸の中にはシリコンのインプラントが入っている。
左右のバランスをとるために
サイズも大きめだったので、
右肩、右腋下には常に引き攣れ感がある。

ああ、この影響だったのか…と思うと同時に、
ひどい脊椎側弯で歩行困難になっている老母のことを思う。

母は側弯にショックを受けて
(そのときには日常生活に支障はなかったのだが)
外出もしなくなり、運動も全くしなかったので
進行が早くなった(と思う)。

歩けなくなるのはいやだな、といつもどこかで思っていた。

激しくはないが、運動は続けているにもかかわらず、
こういう事態が起こるのはやはりつらい。
大胸筋には不自然な負担がかかっている以上、
これは手術の後遺症だな、と感じた。


今後の処置はまた考えて行くことにし、
まずは筋力を上げるための筋トレを始めなければと思っている。

この日記を書こうとした直前。

目の前の窓の内側に、
テントウムシがいた。

???

冬なのに???

冬なので最近は窓を開けてもいない。

一体、どこから???

そして、
ああ、またマリアのビートル
来てくれたんだな、
心配し過ぎなくていいんだな、と思った。

できることを、
しっかりしていこうと思えた。


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by holyqueen | 2010-12-03 13:10 | カラダとスピリチュアリティ

唯知足

ただ、足るを知る。

それがこのタイトルの言葉の意味。

龍安寺にこの額があるのだ、と
あるときツレが教えてくれた。

昔ならば、
何やら抹香くさい
求道的な意味に感じていたと思うけれど、
今はそうだな、と普通にすとんと入ってくる。

空がきれい。
食べ物がおいしい。
心地よい。

あたりまえと思っていることをあたりまえでなく感じられること。
受け取ることができること。

doではなくて、be。

それを味わえることは
気持がいい。

術後1~2年は、
世間とのズレを感じ
孤独感に苛まれることも多かったが、
それも受け入れて今がある。


腫れの日も、
雨の日も、
ただそれを受け入れて生きよう。

これからも。


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by holyqueen | 2010-11-23 14:26 | カラダとスピリチュアリティ

高熱の意味

先週の月曜、
どうにも身体がだるく、
夏バテがひどいのかなあと思っていたが
熱を測ってみたら38度を越えていた。

その後、
売薬の風邪薬をのんで様子を見ていたが、
39度を越えたので、
早朝、近所の病院の救急外来へ。

扁桃腺が腫れていました。ほとんどなかったことで軽く驚き。

それにしても、
こんな高熱は術後も出なかったぞ…

まるまる1週間はほとんど仕事らしい仕事もできず、
寝込む時間も多かった。

寝込んでいる時、
がんのカミングアウトをした相手に
心ないことを言われたことなどをなぜか思い出していた。

そして
そのことに対して
はっきり怒りを表明しなかったことが
自分の中に澱のように残っていたんだ、と思った。

今回の高熱は
そんな澱を掃除するようなものだったのかもしれない。

なんとなく、
具体的に何が、とは言えないけれど
がんに対して
一段落できる気持になった気がします。


心身相関をまたしても実感する。




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by holyqueen | 2010-07-16 01:05 | カラダとスピリチュアリティ

「まま」であれ。

2007年、告知後4ヶ月目に書いた詩のようなことば。
右胸とさよならする前に踊ることを決め、
スタッフに向けて
こんなコンセプトでやります、という意味合いで書いたもの。

今の自分の姿勢も変わらずにいます。
なのであえてトップに置いておこう、と。

*******

季節は変わりゆく。

ある人にはゆるやかに、
ある人には劇的に。

ーeverything must changeー

変わらないものはない。
川の流れのように。

喪失があり、再生がある。

すべてを流れにまかせてゆく。

「間」は意味深い空隙。

「無」に満たされた時間。

「魂」のあそぶ時間。

あらゆるものは「無」から始まり「無」に還る。

見つめあい、コトバが出ないときも「間」。
うつむいて溜め息をつくときも「間」。

何の役割も引き受けず。

そこにほの見える真実の瞬間。

瞬間=瞬く間

過去も未来もなく。

そして瞬間を踊り、歌い、生きる。


悲しみは転ずると慈しみになる。
怒りは転ずれば感謝となる。
オセロのコマがひっくり返るように。

人の心に届くものは
なんなのだろう?

かずかずの与えられた「意味」を振り捨てて。
あらゆる「嘘」を身からひき剥がし。

なにものにも頼ることなく
なにものにも寄りかかることなく。

「まま」であれ。

強くも弱くもなく
「しなやか」であれ。
流れのままに。

「今」を生きるだけ。

「真実」を生きるだけ。

はだかの子どものように。



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by holyqueen | 2009-12-30 07:26 | カラダとスピリチュアリティ

雨に癒される

先週末、
毎年行っている
山の中でのワークショップをしてきた。

3日間、
森の中にいて
テレビも見ないし、
下界には行かない。

着いた日から
曇ったり時々太陽が顔をのぞかせたりしたものの、
ほとんど雨が降っていた。

会場のホールにいると
蝉の声と雨の音に包まれる。

横になって
その音を身体の中にしみ込ませる。
とりわけ胸のチャクラに
音がしみ込んでいくのがはっきりと感じられる。

過去も未来も考えず、
ただひたすら「今」という身体にいる。

雨が私たちのいる世界を
包み込んでくれている、と感じた。
激しく降っているときでさえ、
その音が心地よい。

こんなに全身で雨を感じたことはなかった。
優しい雨だった。


雨と森に守られながら
静かに声を出してみたり、
樹と会話をしてみたり、
大地や樹や火を踊った。

その土地でできた
とれたての野菜料理を食べて
エネルギーをいただく。
都会で食べるどんなレストランの料理より、
私はここの食事がいちばん好きなのだ。

そしていただいたエネルギーは
声や動きとなって表現され、
また周りに還元されて行く。

身体はエネルギーを通す
ただの筒になる。

自分だけではなく、
自我ではなく、
周囲の自然や環境と影響し合い、
循環し合い、
自分もまた、
あまたのエネルギーのひとつになる至福。

思ったより
体調もよくなかったし、
体力が落ちたのも感じたが、
無理もせず、
できうることをしつくした。


ときおり、
市街を見下ろせる場所に行き、
変わりゆく空を眺めたり、
木の葉のささやきを聴いていたりした。



一昨年、昨年は
病を受け入れていくということがテーマだったが
今年の自分は
受け入れたのちに
何かを手放せたような気もする。


あるセッションの終わりには
皆で空(くう)になった。

何があろうとも
最後には灰になる。

だからこそ、
つらい日も
穏やかな日も
充分に生ききろう、と
皆に向けて
見えないメッセージを送った。


病であってもなくてもね。


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by holyqueen | 2009-08-04 14:25 | カラダとスピリチュアリティ

マリアのビートル。

今回、入院する前日のこと。


買い出しを終えて
スーパーの駐車場に戻った。
暑い日だったので
窓は2センチほど開けていた。

席に座ると
何かが腕を這っている感じがして、
思わず振り落とす。

リヤシートの窓の外を見ると
テントウムシがガラス窓越しに歩いていた。
あれ?これだったのかな。
いつの間に外に出たのだろう?と思っていると、
夫が「あ」と声を上げ
テントウムシを窓の外に出すところだった。

わずかに開いた窓から、
テントウムシが入り込み、
さらにもう1匹が窓の外を散歩していたのか…???
そんな偶然ってあるのか、と思った。

スーパーの駐車場なので
もちろん樹も生えていない。
町中の、通り沿いにあるふつうの駐車場である。

なんだか不思議な気持だった。


そして、オペの日の朝。
早く起きて院内の庭や近くを散歩する。

小学校の脇の桜の木の下に腰掛けて
ぼーっとしていると。

アタマに何か止まったものがあった。

…またもテントウムシだった。

さすがにこの短い期間に3回ものテントウムシに
お目にかかるとは。

帰ってきて、
調べてみた。

昔、ヨーロッパで農作物が害虫の被害にあったとき
農民がマリアに祈った。
するとテントウムシが現われ、害虫を駆除してくれた。
それ以来、テントウムシは
「マリアのビートル」と呼ばれ、
病を癒し、幸福の象徴となったという。


…なんだかもう充分な答えをもらったような感じになった。


ダブル・キャンサーになってしまったことは
大きなショックだったけれど、
今回の大腸がんを
早期で発見できたのは本当にラッキーだった。

というよりも
サインをもらえたことは
護ってくれている存在がお知らせをしてくれた、
と思えるのです…

死んだ父なのか叔父なのか祖母なのか
神サマなのかわからないけれど、
サインをくださって
ありがとうございます。
そして、病の兆候を出してくれた
自分の身体にも感謝。


検査結果の出た後は
しばらく腑抜けになっていたけれど、
やっと切り替えつつある今日このごろです。

それから、
コメント欄にお見舞いのコトバをいただいた皆様、
本当にありがとうございました。

感謝の気持で一杯です。





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by holyqueen | 2009-06-19 21:36 | カラダとスピリチュアリティ

2次再建1年後の日常。


朝早くに起きて、
窓の外を眺める。

曇り空だが、
雪はやんでいる。
電車も無事に運行しているようだ。


バナナを食べて、
コーヒーを入れる。

寒いので
いつもよりもしっかりと厚着をする。
胸元にアロマオイルをしみ込ませたティッシュを挟む。
ほのかに香りが立つ。


駅までの道を早足で歩く。
勤務する病院へは
片道1時間45分ほど。

いつもの車両に乗る。
いつも通り込んでいるけれど、
i podで
アンビエント、クラシック、ゴスペルなどを聴きながら
曲の世界の中に入り込んでいると、
時間が経つのが早く感じる。

勤務先に着く。
アロマオイルを焚いて、
スタッフの申し送りを聞いて、
準備をする。

最近は春が近いせいか
入院の方がふえている。
気分の変調が激しい方も多い。
そんな時には
セッションの中で
何が起きても不思議ではないが、
それもすべて受け入れる。

自分の病気以後は
アクシデントに対しての
構えが大きくなったように感じている。

やはり、ちょっとしたアクシデントが起きるが、
コトバで場をつかむ。
その流れで、
みんなが自分の身体に集中しながら
からだをほぐす。

どうしたら気持いいのか。
どうしたら楽になるのか。
どうしたら焦らないでいられるのか。
どうしたら、身体もココロも安らいだ状態になるか。

呼吸を促しながら、
静かにそれぞれが身体に向き合っている場に
寄り添う。

横になって
リラクセーションをする。

眠るひともいる。
泣くひともいる。
そのときによってリアクションは違っても、
誰もが誰に見せるためでもない、
本来の「自分自身」に寄り添っている。


終わって、
すっきりしているひとや
自分の中の気づかなかった感情を見つけるひともいる。

どんなことでもいい、
何か自分とうまく折り合って生きていくための
手がかりを見つけてくれれば、と思う。
自分を大切に思ってくれれば、
身体を愛しく思ってくれれば。
そんな気持をココロのうちに秘めながら
そのための場をつくる。
それが自分の係だと思っている。


さまざまなココロの傷を負って
苦しみや悲しみ、生きづらさを抱えている方たちだから
もちろん、簡単には行かない。
それは海の水を柄杓で汲んで、
他に移していくような、
果てしのない、小さな行為だ。

そんな地道な作業だけれど、
この仕事が好きだなあ、としみじみ思う。


帰り道。
自分の中の不安や心配事が
まあ、なるようになるさ、
という気持に変わっている。

これがボディワークのいいところだな、
とあらためて思える。


…昨年の今日は手術後で、
一日中ベッドの中で
痛みと
のどの渇きを感じつつ、
とろとろと寝たり起きたりしていた。

一年後の自分がいま、ここにいる。

一年前には、今日のことを
想像もできなかったけれど。




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by holyqueen | 2009-03-04 22:17 | カラダとスピリチュアリティ

心地よい疲労感。

週末、
ワークショップをしに関西へ。

初めての場所で、
初めてお会いする方がいる。
回を重ねつつある方もいる。

いずれにしろ、
毎回が初めての体験でもあり、
その日だけの「一期一会」だ。

手がかりになるものは
からだと動きと感覚だけ。
そして感覚を伝えるコトバ。

皆いろいろな日常の片鱗を
カラダの中に携えて来る。

調子がいいときも
悪いときもある。

場がかすかに緊張している。

けれど、
それもありながらの人間であり、
場でもある。

少しずつ動いているうちに
空気が変わって来る。

そこにいる人たちの
身体や顔の表情も変わって来る。

まとわりついていた「殻」や
「重さ」が少しずつ薄くなってゆき、
その人そのままの固有の身体が表れ
そしてエネルギーが
流れ始める。

生きているということは
エネルギーの交流、交感である。

だんだんに、
お互いのエネルギーを感じ、
それが場を作っていく。

そのプロセスに
注意深く立ち会うのが
自分の仕事でもある。

晴の日や雨の日、
辛い日、疲れている日、
いろいろな時がある。

それでも
素材の素晴らしさを活かしてもらうために
さじ加減も毎回変わる。

人それぞれの、
持って生まれた素材を
私はタマシイと呼ぶのだけれど、
それを最大限に生きてもらうためのアレコレや
いろいろな素材が
いろいろな組み合わせで
びっくりするくらい
美しい瞬間や
エネルギーのミキシングを
見せてくれることがある。

それぞれが
それぞれを
生きている。

喜びも、
悩みも、
苦しみも、
生きている証しだ。

そして苦しみは
転ずれば大きな宝になることが
往々にしてあるのだ。


そんな瞬間に
立ち会えることが
本当に嬉しい。


今回も
そんな時間を味合わせていただきました。

この仕事をしていられることが
本当にありがたい。


参加して下さったミナサマに、
感謝。

自分も、
久しぶりに踊りで汗をかき
ダンスってやっぱりすごくいいなあ、
と感じられる時間でした。

いつもは(そして特に昨年は)
この冬のまっただ中が
心身ともに本当に辛かった。

けれど、
こんなふうに変化した自分がいること、
そして幾多の治療を受け止めて
回復してくれた
身体にもあらためて感謝、です。

初期治療中や、
これからオペの方も
今はつらいだろうけれど、
乗り越えたときの
喜びがやってくることを
信じていてほしい。


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by holyqueen | 2009-01-27 01:08 | カラダとスピリチュアリティ

体外離脱…?

今を去ること10数年前かしら。
真夏の、暑い日の午後だった。

私はその頃ダンスの舞台を控えており、
毎日仕事のあとに夕方から夜中まで
稽古と打合せで帰宅も遅く、
へとへとになっていたのだった。

その日は珍しく一日休みで
母と姪が私の部屋に遊びに来ていた。
夏の盛りだった。
午後、あまりに暑く、近所に出かけた後
3人で昼寝をすることにした。

クーラーをかけて
ほどよく涼しくなった部屋で
母と姪はすぐさますうすうと寝息を立てている。
ふだんは寝つきの悪い自分も
たまった疲労と暑気あたり、そして心地よい環境の中
眠りに引き込まれていった…

が。

半分寝入りかけていた私の額が
まるでそこだけエレベーターで急上昇するときのように
ゴゴゴゴ…と揺すぶられた、ような感じがした。
そこだけに、すごい圧がかかっているような感覚であった。
そして次の瞬間に
そこからすっぽ〜んと「出ていった」ような感じがしたのだ。


え〜っ!と思っているうちに
いつの間にか、私は天井近くにいた。
えっ!
こういう時って自分のカラダを見たりするらしいよね〜と
意識のどこかで思っていたのであろうか。
下を見下ろした。
南向きの部屋の、明るい陽射しの下で
くちゃくちゃになったふとんが見えたことは憶えている。

そして次の瞬間
目の前が真っ白な光で輝き、
それ以外何も見えなくなった。
エレベーターはさらに上昇しようとしている、と感じた。
ぐんぐんあがっていく。

その瞬間、どこにいってしまうのかわからないという恐怖が生まれ、
私はココロのうちに亡くなった祖母の名前を呼んだ。
(今でも祖母は私のお守りなのである)


次に気がついたときには夕方であった。
私はふとんの上に寝ていた。
母と姪は健やかな昼寝を堪能していたようであった。


これは体外離脱の体験だったのかな、と今でも思う。
あのまま上昇を続けていたら
宇宙から地球を眺めることができたのかしらん。
今思えばもったいないことをした…
死ぬ前に、自分の身体を抜け出せるなんて
滅多なことでは体験できないから。

人間の究極の不安と恐怖は
「死」である。
死んだらどこへ行くのか、
死んだら無になってしまうのか、
人により、
その恐怖の質も違うのだろう。

ただ、臨死体験をした人の多くが
死ぬことが怖くなくなると言う。
(興味のある方は→に紹介してある
立花隆の『証言 臨死体験』をご覧あれ)

自分も先日のワークの体験から
それに近いことを思っている。



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by holyqueen | 2008-12-23 13:23 | カラダとスピリチュアリティ
ここ
からの続きです。

と、↑に書いたようなことが
自分の体験であった。

この1ヶ月は
自分のアンテナが立っていれば
本やテレビや、何気ないコトバや風景からも
ちゃんとメッセージが届くことを体験し続けてきたが、
今回の体験は
その集大成のようなものなのかと思う。

こういう流れになるとは
もちろん自分でも予想だにしていなかった。
だが、
死はすでに自分にとって
リアリティの強いものになっているので
「死」を象徴的に体験できたことに
大きな安らぎを感じた。

自分の人生にベストを尽くして
誰を恨むこともなく
死ねるならば、
それはやはりまっとうした、
という満足につながるのだな、と。

この2年、
父の死や病のプロセスをとにかく
しっかりと受け取って行こうとしてきたことが
(かなり辛いことではあったけれど)
自分の中の深いところをも
こんなふうに変化させてきたのだな、と思えた。

ワークの中で
『自由である』、と身体で感じたられたときには
ああ、この感覚をいつでもまた思い出せばいいのだ、
と思った。


毎日を生きて行くことは
今までと変わらない。

でも、決定的に違うのは
その姿勢、のようなもの。
感覚と言ってもいいかもしれない。

些細な、微細なことも
そのままに受け取れるようになった。
余分な思い入れも減った。

エゴやマインドの入る隙間が
以前よりも小さくなっている感じ。

オペ後から漠然と感じていた
世界に対する違和感が
これではっきりしたように思う。
見た目は変わらなくても
自分の感じ方や中身が、明らかに変化したのだ。


ワークの後には
ふうっ、一仕事終えたぜ…という達成感と
心地よい疲労感があった。


これは自分にとっての
「臨死体験」のようなものだったのだろう。


…このシリーズは以上で完了です。
長々おつきあいいただいた方にはありがとうございました。

ブログは続くよ(笑)

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by holyqueen | 2008-12-04 22:25 | カラダとスピリチュアリティ