乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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カテゴリ:がんのカミングアウトについて( 4 )

ああ、またも。

歌手の川村カオリ嬢、37歳。
2006年 乳がん、左全摘。
そして本日、彼女のブログに再発、リンパ、骨、肺転移であることの記載を見る。

あ〜。
まだ若いじゃん!
7歳のお子もいるというので
きっと治療もがんばるだろう。
でも、気持もくじけそうになることもあるだろう。
それでも、こんなに重大なことを
カミングアウトする勇気もいったことだろう。
そしてそれが自分を鼓舞するチカラにもなるだろう。

けれど、前向きになろうとしても
なれないこともある。

想像するだけでも、
本当に複雑な気持になります。

あ〜。
やっぱり他人事ではない…
なので、がんばってほしいです、本当に。
応援しています。

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by holyqueen | 2008-10-01 21:33 | がんのカミングアウトについて
がんになって、おそらく多くの方が考えることの一つに、
自分の病気のこと、病状のことを
どこまで、どの程度、いつカミングアウトするか、
ということがあると思う。

私も悩みました。

私の場合は、告知前からすでに
予感していたので
その時点で兄と妹、そして
ごく親しい友人に話した。
(母は高齢でショックを感じると思ったので
後になって、少し自分が落着いてからにしたが、
もともとちょっとトボケたキャラの母なので
思ったより反応はなく、ちょっとがっかり(笑))

カミングアウトそのものの「意味」には
その事実を相手にも共有してほしい、
という願望がどこかにある気がする。

家族にしか話していない、という人もいるだろう。
いずれにしろ、信頼感のおける相手にしか
話さないということだと思う。

基本的にはやはり
それを一緒に受け止めてくれそうな人だけに話す、
ということが
自分の感情を守るためにも一番いいと思う。

ただ、カミングアウト〜その1で書いたように、
この事実の重さに耐えかねて
わ〜っと誰かに訴えたい気持ちになったことも
私にはあった。
そしてそのとき感情的にならないでよかった、と思う。

ただ、毎週1回ゴスペルの練習があり、
クワイアのパートの中でその年の係も仰せつかっていたので
入院前にこういう事情でしばらく休みます、ということを
パートリーダーに伝えた。
集団なので、一人に伝えると
必然的にパート内すべての人に伝わるのは想定の上だったし、
もとより、
隠すつもりはなかったのでそれはいいのだが。

「知り合いだけれどそんなに親しくはない」という
範疇の人たちに伝わることや、
自分は伝えるつもりはないのに
誰かの口からいつの間にかどこかに伝わってしまう、
というところが
おそらく多くの人にとって
めんどくささやストレスになることなのではないかと思う。
尾ひれがつく可能性もあるしね。
仕事関係なんかは特に気を遣うところだ。

調子が悪いときに
自分の病気のことを知っている人の対応が
無神経だよな、
と感じた出来事もいくつかあり、
それに傷つきを感じたこともあった。
私のキャラとかイメージとか、
見た目はおそらく元気そうなのも仇であり、
多少、被害的になっていたかもしれないが…
でも、これはセカンダリー・トラウマに近い感じがする。


先日も、術後の体調が回復していなかったので
バンドのライブに出なかったところ、
皆が舞台に上がった途端、
私がいないのはなぜ?と声が上がり
今入院中というガセネタが飛び交ったらしい(笑)
その話はご愛嬌、という感じだったけれど。



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by holyqueen | 2008-07-07 14:18 | がんのカミングアウトについて

昨年は、
自分が告知されたせいもあり、
著名人のがんのカミングアウト、あるいは死亡のニュースが
多かったように感じる。
何気なくつけているテレビから
そこだけ浮き上がって私の耳には聞こえてきた。

筑紫哲也、鳥越俊太郎、山田邦子、アグネスチャン、
などのカミングアウト。

カミングアウトで最初に記憶しているのは
逸見政孝の会見だった。
冷静に話そうとつとめていたが、
やはりショックを感じている印象があった。
その場に居合わせた幼なじみと
「そんなになるまで仕事しなければいいのに…」と話していたら
(彼は当時、フジから独立したばかりで大変な売れっ子アナウンサーだった。
豪邸を建てた、というのもニュースになっていた)
幼なじみの母に、
「家族のためにがんばって働いたのよ!」と怒られた。

今は分かる。
ひとは上り坂の時ほど、
いろいろなことに気をつけなければいけないということ。
無理は無茶になり、自分を無視したあげく、
小さな症状に気がつかなかったり、
見過ごすことがその時々を経過していくのに必要となり、
ある日、身体や心がその症状を大きく訴え始める。
あるいは尊大になり、坂を転げ落ちるひともいる。

そして印象的なのは松田優作。
確か膀胱がんでしたね。

彼自身はカミングアウトはしなかったけれど、
「ブラックレイン」という見事な作品での主演で、
すばらしい演技を残してくれた。

彼にとっては治療より作品が大事で、
痛みを圧して、撮影に臨んでいたという逸話もあった。

自分ががんを告知されたとき、
真っ先に思いだしたのが彼のことだった。
いのちを永らえることを優先させるより、
自分のいのちを賭けたいい仕事をしたい。
そう思ったりしていた。
今から思うと、悲壮感たっぷりだけど…


カミングアウトのことは
どのタイミングで
どこまで
伝えていいものか、
ずっと考えていたことの一つだった。

また、カミングアウトした人々の姿勢も
いい観察対象になった。
殊に鳥越氏のジャーナリストとしての態度は
私自身がが自分を観察し続けていく、というところにも通じて
ココロに残った。

3〜4人の親しい友人には告知の後に話していたが
その中の映像ディレクターの友人には
入院中の撮影を頼んだりもしていたのだった。
(結局、バタバタで全然できなかったけれど。
今考えても残念…)

けれど、誰のカミングアウトを聞いても
それはその人のケースであり、
自分とは違う、
ということも常に感じていた。
あなたは大丈夫かもしれないけれど、
私は死ぬかも知れない、ということ。

誰の前にも「死」は等しくあり、
いつ訪れるかも分からない。
けれど、それを健康な人に言われることには
非常に違和感を感じた。

切迫感がまるで違ったからだ。
確実に自分の方がリスクは高く、
体の内側に「死」を飼っているような気持ちだった。


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by holyqueen | 2008-02-29 20:37 | がんのカミングアウトについて

昨年の7月頃だったろうか。
自分自身がときどき、
わーっとカミングアウトしたいような衝動に駆られていた時期。

私の所属するゴスペルクワイアで歌を教えてくれている先生が、
がんの再発(初発の時は全体にはカミングアウトされなかった)で
練習をしばらく休むという事態になった。
初発からは半年ちょっと経っていたと思う。

メンバーの反応はそれぞれだったが、
その中にはかなり悲観的なものも少なくなかったようである。
この先クワイアはどうなるのか、
もうだめなのではないか、など。

また、お見舞いをどうするか、という話のときにも
がんの人の病室にお花を贈ってはいけないと聞いたとか、
(おそらく芳香の強いものが刺激になるから、という俗説であろう)
ありえない(笑)ことがまじめに論じられたりした。

お花は生きているエネルギーそのもの。
私もお見舞いのときにお花をいただいたことで
どんなにか嬉しく感じたことだったか。
命のエネルギーが弱まっている人の集まる場所が
病院というもので、
たいていの病院には名前とはうらはらに(笑)ホスピタリティがない。
「治療」がメインなので
患者が居心地よく過ごせる環境ではなかったりする。

そんな場所において、
患者にとっては
「花」というものは通常よりも
そのエネルギーを感じるものであったりもするのです。
大体、病院の中には「自然」もない。
食べ物にも全くエネルギーを感じない。
たいてい、まずいしね(笑)

話を戻す。
とにかく、深刻に皆暗くなっていた。
それは「がん=死を連想させるもの」であったし、
大好きな先生がいなくなったら…という思いからだったのだと思う。

ただ、感情的な反応も多く、
それを見るたびに
伝えることの難しさを感じた。
先生の治療の状況も、情報もあまりわからなかったので
なおさらだったのだと思うが…
情報がないことは確実に混乱を招くので。

そして彼らの感情の波に触れるたびに
とてもイライラした。
なんだか的外れな感じがしたのだった。

がん=死に至る病
というイメージの根深さ、
人が死ぬかもしれない=自分の死を連想する
(これは相手があまり高齢でない場合に多い。
しかも自覚的でない場合が多い)
そしてそれによるパニックに陥る人、
妙に神妙になってしまう人、
混乱する人。
もちろん、一時的な反応ではあったが。

それを見ながら、カミングアウトの時期と
どこまで話していいのか、ということを
自分の身に引きつけて考えた。

自分自身も親しい友人には話していたが、
ありがたかったのは
彼女たちが
さりげなくちょこちょこと、
そして現実的にサポートをしてくれたことだった。
短いメールのやり取りの中で
具合がどうか尋ねてくれたり、
耐えがたい気持ちになった時、
話を聞いてくれたり。
身体にいいよ、というものをプレゼントしてくれたり。

それでも、
いつもいつもそれに甘えるわけにはいかない。
仕事の忙しさもピークを迎えており、
感情の波立つことも多かった。
どうにもならないけれど、
この重さを自分で受け止めていくしかない時期でもあった。


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by holyqueen | 2008-02-19 08:24 | がんのカミングアウトについて