乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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<   2008年 02月 ( 36 )   > この月の画像一覧


昨年は、
自分が告知されたせいもあり、
著名人のがんのカミングアウト、あるいは死亡のニュースが
多かったように感じる。
何気なくつけているテレビから
そこだけ浮き上がって私の耳には聞こえてきた。

筑紫哲也、鳥越俊太郎、山田邦子、アグネスチャン、
などのカミングアウト。

カミングアウトで最初に記憶しているのは
逸見政孝の会見だった。
冷静に話そうとつとめていたが、
やはりショックを感じている印象があった。
その場に居合わせた幼なじみと
「そんなになるまで仕事しなければいいのに…」と話していたら
(彼は当時、フジから独立したばかりで大変な売れっ子アナウンサーだった。
豪邸を建てた、というのもニュースになっていた)
幼なじみの母に、
「家族のためにがんばって働いたのよ!」と怒られた。

今は分かる。
ひとは上り坂の時ほど、
いろいろなことに気をつけなければいけないということ。
無理は無茶になり、自分を無視したあげく、
小さな症状に気がつかなかったり、
見過ごすことがその時々を経過していくのに必要となり、
ある日、身体や心がその症状を大きく訴え始める。
あるいは尊大になり、坂を転げ落ちるひともいる。

そして印象的なのは松田優作。
確か膀胱がんでしたね。

彼自身はカミングアウトはしなかったけれど、
「ブラックレイン」という見事な作品での主演で、
すばらしい演技を残してくれた。

彼にとっては治療より作品が大事で、
痛みを圧して、撮影に臨んでいたという逸話もあった。

自分ががんを告知されたとき、
真っ先に思いだしたのが彼のことだった。
いのちを永らえることを優先させるより、
自分のいのちを賭けたいい仕事をしたい。
そう思ったりしていた。
今から思うと、悲壮感たっぷりだけど…


カミングアウトのことは
どのタイミングで
どこまで
伝えていいものか、
ずっと考えていたことの一つだった。

また、カミングアウトした人々の姿勢も
いい観察対象になった。
殊に鳥越氏のジャーナリストとしての態度は
私自身がが自分を観察し続けていく、というところにも通じて
ココロに残った。

3〜4人の親しい友人には告知の後に話していたが
その中の映像ディレクターの友人には
入院中の撮影を頼んだりもしていたのだった。
(結局、バタバタで全然できなかったけれど。
今考えても残念…)

けれど、誰のカミングアウトを聞いても
それはその人のケースであり、
自分とは違う、
ということも常に感じていた。
あなたは大丈夫かもしれないけれど、
私は死ぬかも知れない、ということ。

誰の前にも「死」は等しくあり、
いつ訪れるかも分からない。
けれど、それを健康な人に言われることには
非常に違和感を感じた。

切迫感がまるで違ったからだ。
確実に自分の方がリスクは高く、
体の内側に「死」を飼っているような気持ちだった。


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by holyqueen | 2008-02-29 20:37 | がんのカミングアウトについて

来週は2次再建

まだ最初のオペの記述にも至っていないけれど、
時の経つのは早いもので

3/3に入院して2次再建。
胸の中のエキスパンダーを、
シリコンに入れ替えます。
ひな祭りはシリコン記念日。

前回もそうだったけれど、
仕事は通常通りやっているので
入院前は治療関係のこと、
仕事のことなど
やっておかなければならないことで
本当に忙しい。
家にいるとアタマが過覚醒して、
引っ越し荷物の片付けや事務作業に没頭しているが
外にいると疲れているのがよくわかる…

今朝、病院から電話があり
大部屋がいっぱいなので個室でいいか?との確認あり。
ほんとか?(笑)

でも、病院でゆっくり休んできたいなと思います。
痛みが治まったら…(泣)

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by holyqueen | 2008-02-28 02:16 | 2次再建

今日は引っ越し


3年前の11月。
仕事をしていたクリニックから
デイケアを閉じることになったと言い渡され、
解雇となった。
カウンセリングとボディワークのセッションルームを
2年前の春に立ち上げた。

立ち上げた途端、部屋をシェアする相方の病気、
父の末期がんのカミングアウトと入院、
自立生活のできない母を引き取っての世話
など、
立て続けにいろいろなことが起こり始めた。

経営者としてはまだまだ未熟であったが、
シェアをした相方が昨年やめた後も
運営はしていた。
けれど自分もガンになり
今後続けていくことの金銭的/身体的負担、
来てくださる人のことを考えて
本当に悩んだが、
閉じることになった。

昨日、裏主治医のところに行ったら
「気が落ちていますね」と言われた。
その通りで、2週間ほど前からなにもしたくないのだが、
今日はセッションルームの引っ越し。

友人が手伝いにきてくれた。
私は呆然としていたのか、
なんだか動くことができず
ほとんど何もできずに座っていた。

久しぶりに暖かくいいお天気だったのに、
午後から突然の突風。

でもそのおかげで空がきれいでした。
黄砂の合間にこんなに光り輝く太陽が見えた。

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明日は部屋中の拭き掃除。
お世話になった場所に、
心を込めて感謝を言いたい。
この2年、大変なこと、つらいことだらけだったけれど
今振り返るとそのことが確実に自分の未熟さや
くせにも気づかせてくれ、
成長をさせてもらったように思う。

そしてこの2年間、来てくださった方や
成長ぶりを見せてくださったクライエントのみなさまに感謝…
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持ち帰ってきた荷物で
家中ごったがえしているけれど、
こんな大改造は久しぶりだし、
少し居心地がよくなりそうな予感…!

セッションルームにお祀りしていた薬師如来様も
家にお迎えし、
さっき、セージを焚いて部屋中のお清めをしました。

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by holyqueen | 2008-02-24 00:23 | 日々の雑感。

退院まで〜その3

10/29(月) 続き

いろいろ終わって、
病院の裏庭で、外の空気を吸う。

隣はビオトープや緑を意識して育てている公園で、
その向こうには大きな煙突が立っている。

晴れ渡った空はとても美しく、
気温も9月下旬の陽気、とかで暖かい。

友人にもらったi podを聴きながら
空を見ていたら、涙が出てきた。

あまりにも空が美しく、
聴いていた音楽も美しかったから。
そして明日で入院も終わり、
ということで感慨深くなっていたのだろうか。
なぜだかわからないけれど…

思わず、その気持ちを友人に宛てて
衝動的にメールする。

今でも忘れない光景。


10/30(火)

午前に退院手続き。
もう一度リハビリ室で指導を受けるが、
オーダーした運動療法の処方箋には
3行ほど、専門用語を手書きで書いたもののみ。
上肢伸展とか、そんなヤツ(笑)

思わず自分で絵を書き足しましたが…(苦笑)


夫が会社を休んで車を出してくれる。
家に着いて、
まず猫の顔を見て、
帰ってきたなあと思い…

でもその日の後のことは覚えていない。
きっと、ほっとしたんだろうなと思う。


いろいろな人がお見舞いにきてくれて
嬉しかったけれど、
あきらかに私の体調にも
「がん」という話題にも触れずに、
全く違うことをマニックになって話して帰る人もいた。

きっとその人にとっては
「がん」=近い死を連想させるもので
(まだまだ多くの人にとってそうだろうし、
私ももちろんそうだった)
それはとても「怖い」と感じることだったんだろうな、
と思う。


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by holyqueen | 2008-02-19 22:43 | 全摘&1次再建

退院まで〜その2

10/28(月) 入院11日目、 オペ後1週間。

朝食後、乳腺外科の主治医来室。
「抜糸しましょう」と言われる。
その後すぐに形成外科の主治医が来て抜糸、
ドレーンも抜け、
「退院はいつにしますか?」と訊かれる。
次の日に午前中になった。
月曜午前中は、なんだか病棟は朝からにぎやかで、
ちょっと落ち着かない気分。

退院するとの連絡を方々にする。
午後は、オペ後の初シャワー♪
今回担当してれたナースのYさんといろいろ話す。
彼女は仕事に対しての志があるなあ、
と感じたひとだったので、
話せて嬉しかった。

その後、整形外科を受診し、
(Dr.は目で可動域の確認もほとんどしなかったように
思う。カルテばかり見ていた5分診療)
リハビリ室で指導を受ける。
可動域回復のための運動、3種。
PTは若い女性で、
ぞんざいな感じもなかったけれど、
自分が近いような仕事をしていることもあり、
指導の仕方に違和感があった。

教えてくれた運動そのものには
違和感はなかったが、
同じ乳がんでも、どんな術式をして
どういう痛みがあるのか、
それによっても微妙に動かし方は違うはずなのに
通り一遍に、決められたメニューをそのままやっているんだなあ、
という感じがしたことと、
運動の種類がいくつかあるにも関わらず、
そのプリント対応もしていなかった。
覚えきれないので書いて下さい、とオーダーする。

また、運動の最中も
「ではやっていて下さいね〜」と席を外す。
お忙しいのでしょうが、
運動になれてないひとは
全然違うことしちゃったりするのよ、と思ったのです。

たぶん指導の仕方や
どこまでこちらが納得できるか
きちんと教えてくれるかどうかは
その職種の人でも
いろいろいるけれど、
整形外科のDr.といい、
PTといい、
自分の職種の中でできることを
マニュアル的に提供しているだけで
病気の個々の差も
何も見ていないんだな、と感じた。
まあ忙しいのだろうけれど…

でもこれが今の医療の問題の一つでもあると思う。

同じ病院内でも専門が違えば
医療の連携を感じないこと。
病のみを見て
人を見ないこと。
マニュアル化していること。

チーム医療の時代なはずなのに
ちっともそれを感じなかった。

ましてやココロの部分なんて専門外だし、
治療に関係ない、とばかりな切り捨てではないか?
と思うこともしばしばあった。

言葉かけ一つで、患者にとっては違うのにね。


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by holyqueen | 2008-02-19 22:42 | 全摘&1次再建

退院まで〜その1

10/27(日)

3組の突然の見舞客のうち、
嵐のような天候の日に、
思いがけずバンドの友人たちもお見舞いにきてくれた。
「猫鍋」をお見舞いにいただき癒された…♪

痛みで夜中は何度も覚醒していたけれど、
昼間は座ったり、動いたりしている分には
あまり気にならず、
色鉛筆を持っていっていたので
主に絵を描いていた。

外のささやきかけるポプラの木や、
いただいた果物や、
セラピー以外でこんなふうに絵を描いたのは何年ぶりか、
というくらい。
自分の絵も、何枚か描いた。

10/28(日)

朝はすっきりと晴れ渡り、
いつものように朝のコーヒーをいれながら
外を眺める。

昼を過ぎてから、
ふいにそのあまりの眩しさに
悲しみを憶えた。

私の右胸は
えぐりとられた「供物」でもあり、
「再生」のために破壊されたことへ
哀切の情を感じた。
そして私の身体のどこかに
内在しているであろう
「死の種」のことを想った。

あまりにも青く、
強い陽射しの差し込む午後の
しんとした病室の中で、
術後、なぜか
初めての悲しみが出てくる。

夕方、友人の来訪の後
姪が来る。

私は憶えていなかったけれど、
がんになったと彼女に電話で話したときに
彼女はふいに「紫の卵」が入っている、と感じたと言った。

そのときには何のことかわからなかったけれど、
自分を描いた絵を見せたときに
「あっ!こんな感じ」と言う。
その絵は、
痛々しく紫色に晴れ上がった
右の乳房に横一文字に
赤い傷口があるもので。

破壊の、最終段階なので
(それは再生の兆しでもあるが)
苦しみや痛みの方が強いけれど、
確実に再生につながっているのだと思った。

「卵」は新しい命の象徴でもあるから…

殴られ、踏みしだかれたように
痛々しく紫に腫れている私の乳房は
横一文字に割れ目の入った「紫の卵」そのもののように感じた。

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-02-19 22:41 | 全摘&1次再建

術後の入院生活〜その3

10/27(土) 入院9日目、オペ後5日目。

台風接近中で雨。
眠れずにいる間に、いろいろなことを思う。

今回の体験を
ドキュメンタ+映像詩+言葉のようなかたちで、
作品化できないか考える。
とりあえず、写真を撮りためて、スケッチをしておくことにする。

今回の体験を感じる余裕が出てきて
ふと思ったこと。
今回の入院の「ギフト」とは

◎まさに「受け取る」こと。
いろいろな人からギフトやメッセージを沢山いただいた。

◎手を「借りる」こと。
何でも自分でやらなければならない、と思い込んでいたので
日常なかなかできなかった。
手を貸すことが自然に自分の仕事になっていたから。

◎「男性の医者」の手を借りていること。
父に対し、手を借りるまいと思春期から思っていたが
彼もまた「医者」であった。

デイルームの本棚にあった週刊ポストを見ていたら
たまたまこんな書評があった。
「がんから5年」 岸本葉子
書評は池内紀。

『死の恐れと死ぬことの恐れとは違うのだ。
人は死を運命づけられており、
死の恐れは誰でもある。
しかし、通常は死ぬことの現実から隔てられている。
死は直接的な現実ではない。
いくら死を思っても、
それは思考の遊びの延長に過ぎない。
本質的に死の不安を知らずにいられる』
『死と一つ部屋にいて、
しかも尊厳をなくさないためには、
得たものと奪われたものとを
正しく判別していなくてはならぬ』

これだ、私の思っていることはこれだ、と直感的に思った。

周囲にカミングアウトし始めたとき、
いろいろな人が励ましてくれた。
○○さんも乳がんになったけれど今はすごく元気、とか、
死ぬということで言えば誰もリスクがあるよ、とか。
励ましてくれる気持ちはありがたく受け取ったが
違和感がいつもあった。
その違和感を、上記の文章は見事に書いてくれていた。

からだの外側にある、いつやってくるか分からない死ではなく、
からだの内側にある死、あるいは予兆であり、細胞そのもの。

そして
「死」という記号が持つ
ロマンチシズムと
ナルシシズムに溺れずに、
冷静に現実的に観る視点が必要だ、
と再確認できた。

このときに
私はこのブログを立ち上げることを
明確に考えることができたのだと思う。

この日はクワイアのライブの前日でもあった。
指導してくれている先生も
がんで入院中。
そして皆は「Always」を歌った。
クワイアでもバンドでも一緒に歌っている友人が、
突然、なぜか「HAPPY BIRTHDAY」と書いてある
パイルの帽子をお見舞いに持ってきてくれた。

きっと何も考えずに選んだんだろうと思うけれど(笑)
この病気が私のRe Bitrthにつながっていることを考えると
本当に面白い符号だと思う。

そして、ナースの手を借りて、
胸の写真を撮影。
生々しいのでここにはアップしないけれど。

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-02-19 22:39 | 全摘&1次再建

術後の入院生活〜その2

10/26(金)  入院7日目、オペ後4日目。

夜中は1時間半から2時間ごとに目が覚め、体位変換するが
眠りも浅くはない。
よくは覚えていないが、
沢山夢を見たようで、また葬式の夢を見た気がする。
入岷中の体位変換についてはコツがつかめてきた。
筋力で動くのではなく、
「重さ」を使って動くと無理がなく、痛みもなく動けるのを体感。
自分が踊るときに取り入れてることなのに…!
やっぱり「野口体操」はスゴイ!
介護技術にも応用できるからだの使い方である。

6時過ぎに起床、
昨日夫に持ってきてもらったコーヒーを入れる。
この日からの朝の日課になった。
朝、ナースやDr.が回診に来るとみんな「あ、いい匂い」と口にする。

香りは本当に大切なものだと思う。
特に、病院のような場にとっては。

術後ずっと、頭頂部の頭痛が取れず。
どうも呼吸との関連らしい。
やはり胸のオペなので呼吸をするにも
痛みが怖くて知らず知らずのうちに浅くなっていたのだと思う。

クワイアの友人より電報が届く。
ビックリ…!でも嬉しかった。
朝、診察と消毒。
「動きが軽やかになりましたね」と言われる。
確かに気分もスッキリしていて、
メールも記録も沢山書ける。
今まで生きてきて、こんなに携帯メールを使ったことはない(笑)

窓の外には大きなポプラの木があって、
その向こうに空が見えるのが気持ちいい。
時折、鳥のさえずりも聞こえる。
そんなことも意識できる余裕が出てきた。

鏡を使って、
右乳房の全貌を見る。
乳首も切除され、
横一文字に縫い目が入っているが、
赤紫に変色していて、とても痛々しい。
けれど、客観的に見ることができる。
腋下はまだ腫れている感じ。

午後、乳腺外科の主治医が来室。
ちょうどクラシックをかけており、
歌手についての談義。
…ていうか診察じゃないのか…

でも、Dr.たちの視線で、
自分の回復具合が確認できる感じがある。
窓際はお見舞いの友人たちのプレゼントと
持ってきたお護りやらなにやらで「祭壇」状態!



部屋の居心地もよく、
窓の外のポプラの木の葉ずれがの音が
何かを語りかけてくれているように聞こえた。
ささやくように、励ますように。

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by holyqueen | 2008-02-19 22:38 | 全摘&1次再建

術後の入院生活〜その1

10/23(火)  入院5日目

オペ翌日、
8時朝食。
絶飲食だったので、口にすることはできる。
が、起きてからずっと頭痛。全身麻酔の影響かと思う。
患部の痛みは前日よりかなりマシだが継続。
傷口の引き攣れるような痛みと、
たとえそれが右の指先でもチカラが入ると
腕から大胸筋にぎゅっと緊張が走り、引き攣れ感がある。
また、傷口からは管(ドレーン)が出ており、
その先には袋がついていて
体液をミルキング(体内にたまった体液、血液を袋に押し出す)ときにも痛み。

血袋は歩くときには幼稚園児のように
肩から斜めにかける水色の布袋に入れていた。
ちょっとかわいいバッグでした(笑)

昼食は7割方とれ、
気分的にはかなり回復感がある。
食べられることって本当に大事なんだな、と思う。
ナースにも顔色が大分良くなったといわれる。
確かに口も聞けるようになった…!
カテーテルも外す。

夕方、友人Y嬢、お見舞いにきてくれる。
お菓子と、なんとi pod(彼女のセレクト曲入り♪)を携えてきてくれた。
特注で
「Chance favors the prepared mind.」
という言葉が入っている。
彼女の心遣いが、本当に嬉しかった。

10/24(水)入院6日目

一日経つごとに、痛みが軽減していく。
初日の状態が嘘のよう。
形成外科の主治医が傷の消毒にやってくるが、
まだこわくて傷口を正視できない。

Dr.に「筋トレか何かやってましたか?」と訊かれる。
剥がすのが大変だったそうで、
この痛みもそれに由来するとのこと。
筋肉あってもかえってつらいこともあるという初体験…

お昼には友人Y嬢がデパ地下で野菜中心のお惣菜を買ってきてくれた。
ありがたし!
そして午後、ナースがシャンプーと清拭をしてくれる。
さっぱりして気持ちいい。
なんかパアア…♪とする感じ♪
1Fに外の空気を吸いに行こうとすると
病棟ナースに、「あ、歩いてる」と言われた(笑)

夕方はM嬢がきれいなピンクのバラとたねやの栗のお菓子と共に現れる。
めったにお菓子は食べないけれど、本当においしかった。
そして、花があるのがとても嬉しい。

夜、妹がチキンのローズマリーロースト、
パエリア、クリームサーモン、わかめご飯、ローストビーフなどのデリを
買ってきてくれる。
これでワインとビールがあれば、ホントにパーティーでした♪

10時頃には寝るが、夜中に目が覚める。
西の空に、満月2日前のきれいな月が輝いていた。


10/25(木)入院7日目

曇りで一日中眠い。
やっと疲れが出てきたのかもしれない。
午後も清拭をしてもらう予定だったが、
嗜眠傾向強く、とりやめてもらう。
右胸前方の張り、腋下の腫れが気になり診察。
とりあえず経過観察とのこと。
やっと咳ができるようになった…

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写真を撮る余裕もできた。いただいたピンクのバラ。

ドレーンの体液を引いてもらったら、
胸の張りが楽になった感じがした。
但し洗面など、前屈みの姿勢をとるとかなり痛む。
夜は友人のプレゼントのジャズのCDを聞きながら読書。
痛みはまだあるけれど、ゆったりとした時間…
食事は上げ膳据え膳だし、
これでごはんと部屋がゴージャスで、
外が海なら夢のホテル暮らしのようだ(笑)

9時過ぎには眠剤と痛み止めを服用して眠る。
今までこんなに健康的な生活があっただろうか…
薬の服用はあったとしても。
明日のスケジュールや仕事のことを考えなくてもいい生活が
こんなにも楽なんて、という思い。
その思いは痛みにも勝るものがあった…

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-02-19 22:36 | 全摘&1次再建

とうとう右胸全摘手術

10/21(月)

7:30頃目が覚める。
8:30に乳腺外科の主治医が来室、点滴準備をする。
夫と友人M嬢が「出陣」を見送りに病室に来てくれる。
朝早くから、なんとありがたいこと…

けれど、自分も緊張のあまり、
そして徐々に効きつつある
麻酔準備の点滴と、
なんだか慌ただしい空気で
ろくに言葉が出てこなかった。

点滴をつけたまま、
ストレッチャーに移動して
ガラガラ引きずられながら手術室まで。
天井を見ながら移動したのは生まれて初めてだったので
ああ。ビデオ撮ればよかった、などと考える。

二人とも入り口まで見送ってくれる。
夫はそのままオペが終わるまで待っていてくれるとのこと。
切除した組織を写真に撮ってくれるよう頼む。

手術室に入り
オペナースに「ALWAYS」のCDを渡し、
リピートでかけていて下さいとお願いする。
そのうちに主治医がなんだか大きな機械を引きずって入ったところで
記憶が途切れた…


主治医の声かけで目が覚める。
15:30頃。
予定より2時間以上遅れた。

摘出範囲が広かったことと、
大胸筋が発達していて剥離に手間取ったと後から聞く。

意識がはっきりしてくるにつれ、
痛みが相当ひどくなってくる。
体位の変換も、もちろんできない。
カテーテルもつけているし、
水も飲めない。

いわゆる絶対安静臥床、というやつである。
手を貸してもらって少し動こうとするだけでも
胸に激痛が走り、怒り(?)の叫びが出てしまう。
ナースをびびらせてしまった…ゴメンナサイm(_ _)m

痛さのあまり涙も出る。
きっと様子を見ながら
夫はおろおろしてただろうな〜…

痛み止めと、夜には眠剤をもらうが、
1時間半くらい毎に、ナースが体位変換に来てくれる。
右に体重がかからないようにしているので
(重さがほんの少しでも右にいくだけで痛かった)
たった一日なのに
左側の座骨あたりにずっと体重がかかり、かなり痛い。
褥瘡はこうしてできていくものなのだ、と
身をもって体験する。
もうしたくないけど…

携帯にたくさんの友人から激励&お見舞いメールが入っており、
夜には返事を書いたりもできた。
その方が痛みから気をそらすことができてよかった…

同時再建で
エキスパンダーを入れたせいか、
このときはまだ「喪失感」は感じなかった。
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by holyqueen | 2008-02-19 22:35 | 全摘&1次再建