乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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<   2008年 07月 ( 12 )   > この月の画像一覧

山でおこもり

明日から
山にこもってきます。

修行?
まあ、自分にとっては似たようなものだが…

里山に囲まれた
とても気持のいいエネルギーの場で
踊ったり、歌ったり、
音楽を聴いたり、
五感を刺激するすべてのことを
取り入れながらの合宿を主催。

今年で10年目にもなる。

昨年は告知後で
アタマの中はすっかり混乱していたが
無事にお役目をこなすことができた。

一昨年から今年の6月までのヤマ場を乗り越えて
自分がどんな風に変わったかが
はっきりと分かるような気がする。

あの場所は、
自分のタマシイの進化を確かめられる
定点観測の地でもある。
そしていつも鍛えられる場でもある。

私たちが自分のチカラだけで生きているのではないこと、
大きなエネルギーに包まれていることを
優しく、時に厳しく教えてくれる場、なのです。

そこで今回は感謝の舞を捧げてきます。

ところで明日は
新月で日食!の日だそうです。

新月は新しきことのスタートで
願い事を書くにも適しているけれど、
そこに日食が重なるのは
すごいことだそう。

モノゴトの終わりと始まり、
節目、
新たなる挑戦やスタートなどの意味があるとか…

ミナサマもぜひ新月に願い事か祈りを!
自分の字で書き出すのが一番いいそう。

今、苦しい状況の方は
それどころではない、と思うかもしれない。
けれど、自分の中にあるほんの小さな光が
本当は大いなるものとつながっていたりするのだ。



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by holyqueen | 2008-07-31 20:17 | カラダとスピリチュアリティ

3次再建後のブラジャー

1次再建からこのかた、
ワイヤーの入っていない
スポーツブラタイプのものばかりしていた。

先日の形成の主治医の診察後
ワイヤー入りもOKとのお言葉をいただき、
久しぶりにランジェリーショップに足を運ぶ。

お店の方にサイズを測ってもらうと
以前と同じ70E。
サイズは一緒だが、
モールドカップのブラを試着すると
健側の胸は柔らかいので
カップの形に合わせてぴったりと納まるが、
患側のシリコン入りバストは
ブラに合わせてカタチを変えてくれないので、
微妙にカップの脇が浮く。

ま、若い女性向きのショップで
ブラとショーツのセットで1000円台という安さでしたので
それなりということもあったと思う。

しかも今までしていたブラも
健側も患側もカタチが変わったため、
先っちょが余ります…
患側シリコンバストは乳首の形成もしていないので。

むむ…
デカ胸だったので
ワイヤー入りのブラは今までは必需品だったが、
これからはスポーツブラタイプがいいのかも…

しかも久しぶりにワイヤー入りをつけると
こんなに苦しいものを
今までよく着けていたな、と思うのでありました。

きっとそれぞれによって違うと思うけれど、
再建のみなさまはいかがなのでしょうか?


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by holyqueen | 2008-07-27 00:34 | 3次再建

大好きな場所。


「祈る」という行為が好きだ。
ただ、手を合わせる。
感謝を捧げる。

自分の中がからっぽになり、
すっきりとした気持ちになることもあるし、
決意があるときには丹田に気が充実する感じがある。

時間に追われることも
日常の雑事を考えることもない、
大いなるものとの対話の時間であり
自分との対峙でもある。

マンハッタンでも、
何の縁もない教会で、何度か祈りを捧げた。

祈るという行為は
私にとって
「踊る」ことと、とても近い。


ときどき、
思い立ったときに神社を訪れる。

一番好きな場所は箱根神社。
冬の寒い時期など
芦ノ湖から吹き上げてくる風が
身を切るほどに冷たいが、
神社の後ろにあるお山からは
厳粛で、大きなエネルギーを感じ
行くと居ずまいを正すような気持ちになれる。

横にある
九頭龍神社の分社にもお詣りをして、
芦ノ湖畔の鳥居のところまで降りて行き、
湖からのエネルギーも感じ、
身体の中まで洗われた気分になって帰ってくる。
それがいつもの定番のお詣り。

そろそろ行きたい気分!


c0154672_17185786.jpg



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by holyqueen | 2008-07-24 17:24 | 日々の雑感。

お役立ち?入院グッズ

これから入院を控えている方、
暑いところ大変ですね。

とはいえ、
病院は空調が効いているので
どうぞかえってカラダを冷やしませんよう。
靴下はマストアイテム!
…って、女性はみんなわかってると思うけれど。

さて、私が入院したときに
役に立ったものなどを書いてみます。
私の役に立ったからといって
すべての方のニーズに合う訳ではないですが。

初めての時は何もかも分からず、
(病室の調度備品も病院によって違うし)
ちょっと戸惑いました。

ここにも
書いたものもあるけれど
まずは定番の便利グッズとして
S字フック(ベッドサイドにひっかけるのに便利)
小さい手提げ(売店に行く時など)
ハンガー
紙コップ(お見舞いの方にお茶を出すときに。
このご時世に使い捨てはもったいないのだが、
食器洗いの手間を考えると仕方ない)
マイ箸、マイカップ(お見舞いの食べ物は時間外に食べるかも!)

などでしょうか。

それ以外としては
私の場合はこのようなものたちが。


1.アロマオイル(とアロマポット)

アロマポット持ち込みは個室なのでできたことでもあるが、
もし4人部屋でもアロマオイルは気分のすぐれないときなどにいいと思う。
ちなみに
ラベンダー→寝付きをよくしたい、リラックスしたい
ローズマリー→頭がすっきりさせたい
グレープフルーツ、オレンジ→明るい気分になりたい
などの効用があるので
ティッシュにしみ込ませてパジャマのポケットなどに入れておく。
または時々鼻の近くに持って行き、くんくん嗅ぐ(笑)
香りがあると、呼吸が深くなる。
呼吸が深くなるのは自律神経の安定につながる。
ただしオイルは100%ピュアな精油を選ぶこと。

オイルを焚いてしばらくすると鼻が慣れて忘れてしまうのだが
ナースが入ってくるたびに「わあ、いい匂い!何の香りですか?」と聞かれた。
ナースの癒しにもいいかも(笑)


2.お茶

私はさまざまなタイプのお茶が好きなので、
ハイビスカスやローズヒップなど、ハーブティーをゆっくり飲むことで
気分転換もできた。
家にいたときはこんなにゆっくりお茶を飲むことに専念しなかったよなあ、
としみじみ思ったのだった。典型的ながん患者…(笑)


3.音楽

入院中はテレビもほとんど見なかった。
そんな気分になれなかったし、
静かな病室にシャバのがさつな空気を持ち込むのもいやだったので(笑)

そして、イヤフォンで好きな音楽を聴いていた。
音楽は情動を刺激する。
辛い気持の時も、音楽が寄り添ってくれた。
自然に涙を流せることもあった。
親しい友人が音楽を選んでプレゼントしてくれたが、
それも自分のチョイスとは違い、なかなかいいものだった。


4.色鉛筆、ノートかスケッチブック

これは1回目の入院時にかなり役に立った。
術後の痛みも3〜4日目くらいからは楽になる。
頭痛で本を読む気力もなく、
何も考えたくない/考えられないとき
絵を描いた。
とはいえ、絵でなくてもいいのである。
好きな色の鉛筆で
ただノートに色を塗ったり、
ぐしゃぐしゃ円を描いてみたり、
絵ゴコロがなくても
色を塗る、という行為は気持をすっきりさせてくれる。
塗り絵をお見舞いにくれた粋な友人もいた。

私は自分の絵や、お見舞いの果物、
外にある大きなポプラの木などの絵を描いた。
絵を描き、それにコトバをつけてみる。
それにより、
自分の中に「希望」があることも見えた。

何も考えずに集中できること、
そして表現できることには
治療的効果があるのです。

また、お見舞いにきてくれた友人たちのゲストブックとしても使えた。


5.飾りモノ

ちょこちょこ細かい飾りモノが大好きなので…♪
また、殺風景な病室の中では
色の効果というものを強く感じるのであります。
1回目はちょうどハロウィンの時期で、
友人がオレンジ色(カボチャ色?)の丸いキャンドルを持ってきてくれたが、
とても元気になれるエネルギーを感じた。
お花はその代表ですね。
2回目からは、入院初日に自分で買って持って行った(笑)

冷静になりたい時はブルー系、
元気になりたい時はオレンジ・赤系、
落ち着きたい時はパープル系、
優しい気持になりたい時はピンク系など…

無意識的に選ぶ色は
今の自分に必要な色だったりもする。


読んでいただいた方の参考になるかどうかは分からないけれど、
ありとあらゆる手を使って
病室を快適に過ごして下さいね!
痛みや不安感から気をそらすことのできるものなら
なんでも使うべし!


手術の直後はきついかもしれないけれど、
痛みはかならず軽減します。
大丈夫!

…とダメ押しの呪文も書いておきます(笑)



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by holyqueen | 2008-07-22 18:40 | がん患者のケア、セルフケア
診療所で育った自分にとって、
死は特別に忌むべきものではない。
むしろ、死が日常と隣り合わせにあったということなのかもしれない。

また、学生時代から
同世代の友人が亡くなる、という体験も
もしかしたら比較的多いのかもしれない。

こんな知人がいた。

彼女は私より年下であったが、
乳がんとなり、
片胸を全摘した。
その後、再発。

しかし彼女は治療することを選ばなかった。
治療しないという道を「選択」したことを
ある新聞の女性向けのコラムに投稿し、
かなりの反響を巻き起こした。
それでも彼女の決意は変わらなかった。

そして
ある写真家と
彼女の書いた短歌、
彼女が被写体となった作品を出版。

その後亡くなった。


彼女は死を賭して「美」を選んだのだな、と思う。


いろいろな生き方があり、
いろいろな死に方がある。

彼女自身が納得して逝ったのならば、
それもありなのだろうな、と今は思う。

周囲の方にとっては
とてもつらかっただろうけれど。



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by holyqueen | 2008-07-22 15:23 | 死と生について考える

最期の晩餐を病室で

さきほど、某SNSでも披露したネタなのですが。

肺がんから肝臓転移の父の入院時のこと。

父の知人から上等な牛肉をいただき、
食べさせてやって、と言われた。
バタバタしていてしばらく冷凍庫保存だったが、
兄妹でそういえば…という話になった。

…最初の入院では抗がん剤がかなり効き、
ほぼがん細胞を叩けた。
一時は退院したものの
一ヶ月後の再検査、即入院。
明らかに増殖していた。

その後の病状はかなり厳しく、
進行も早かった。
おそらくもう退院はできないだろうと思われた。

そんなある日に
牛肉のことを思い出したのである。

で、半ばネタで
病室ですき焼きしちゃおうか?と兄妹で話していたら
実施することになったのだった。

個室ではありましたが
それはそれはドキドキモノでした。

ただでさえ主治医に「若造が!」とか
怒鳴りつけちゃったりしていたらしいし(父も医者なので)
治療方針を巡っても意見が合わなかったし、
若造(笑)の主治医からは
「病前性格が濃厚に出ていますね。
治療方針が合わなければ転院してもらうか、
ご家族で見てあげた方がいいかもしれないですね」
というマイルドにして強力な脅しのコトバもいただいていたので。

うまいまずいにはうるさい父だったので、
病院のまずいメシには手つかず状態ということもあり、
計画は秘密裡に決行された…

ナースの回診時間を過ぎたところで
大きな袋にコンロをしのばせ病室に集合。
景気づけに寿司も買い。

皆で準備をしている間に
父は寿司の魚の部分だけたいらげていた…
残ったシャリだけを食べながら
本気で腹が立ちました(笑)

匂いを気にしながらも
我が一族は皆食べることが大好きなので
かなり盛り上がりつつ
すき焼きに夢中になっていた。
父に食べさせるという目的も忘れるほど(笑)

宴たけなわのときに
ドアが開いた。
もちろん主治医の登場ですた。

彼は一瞬絶句しながらも
「いやあ〜おいしそうですね〜」と平静を装う。
父は「先生もご一緒にいかがですか?」と
上機嫌で切り返す。
我々はなぜか咄嗟に自分の皿を背中の後ろに隠したのだった(笑)

…これが最期の晩餐になった。
昼だったけど。
一週間後、父は他界した。


最後においしいものを食べさせられてよかったと思うし、
つらい病院通いの日々で楽しい思い出となった。

ヤツは頑固な寂しん坊だったので、
久しぶりに家族に囲まれ
ワイワイ言いながら食事ができたことは
とても嬉しかったのだろうと思う。

…でも、あの時の父の満面の笑みを思い出すとちょっと切なくなるのである。


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by holyqueen | 2008-07-18 00:23 | 死と生について考える

一段落…

本日は乳腺外科と形成外科の受診日。

今日は2時間半待ちでした。
最近のフードコートにあるような
呼び出しベルシステムがあればどんなにいいか、
といつも思う。
しかも冷房が効きすぎていて、
じっと座っているだけだと寒い。
がんに冷えは禁物ではないですか。
って、上着を持って行かなかった自分もアレですが。

待ちの間に形成外科を受診。
術後の具合を報告し、
縮小した健側の縫い目から飛び出た糸を
ハサミでちょんちょんと切ってもらう。
患側の脇に少し引き攣れがあるが、
「これは傷が落着いてから修正可能です」とのこと。

傷が落着くにはどのくらいかかるか、と質問すると
「個人差はあるが顕微鏡レベルで言えば
半年から1年というところですね」とのこと。

落着いたら胸の写真を作品として撮る、
という話を再度する。
「責任重大ですね〜」とDr。
そうですよん!
この胸は先生の作品ですから、と
またまた軽くプレッシャーをかけた(笑)

たとえかたっぽだけでも
大きくても、
小さくても、
全摘をするということは
明らかな喪失であり、
再建をしても
温泉に入りづらいとか
複雑な思いが胸をよぎることが
ある方も多いのでは、と思う。
結婚前の女性ならば
既婚者よりもダメージは大きいことだろう。

なので少しでも
いい「作品」を作ってもらいたい!のだ。

患側の私の胸は
まだ色素沈着している。
時間が経てばもう少し落着いてくるでしょう、とのこと。

時は何よりの薬である。

そして次の形成の診察は
3ヶ月後となった。
Dr.とは初診時から毎月おつきあいしていたけれど、
初診から1年2ヶ月、
最初のオペからはや10ヶ月。
やっとここまで来ました…という思い。
私のカラダよ、
度重なるオペに耐えてくれてありがとう♪

やっとワイヤー入りのブラに戻れる。
インプラントは元のサイズより
一回り小さいものを挿入したのだが、
私の場合大胸筋が発達しているため
思ったより小さくはならなかった。
ブラジャー、処分しないでおいてよかった…

でも、リフトアップしたので
ヌーブラにもトライできる!ワ〜イ♪

そしてこれから
再建を迎える方も
体力をつけて
頑張ってほしいです。
病前と同じにはならないけれど
新しい自分の証しだから…067.gif

こんなに大変なオペを
乗り越えてきたことを
誇りに思おうではありませんか!049.gif049.gif

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-07-17 18:10 | 3次再建
昔、叔父ががんで入院していた時のこと。
詳細は憶えていないが、
最初にお見舞いに行った時はとても元気で、
病院のカフェテリアでおしゃべりしたことを憶えている。

次にお見舞いに行ったときには
すでに意識が混濁しており、
目を閉じて眠っているかと思えば
唐突に話し出したりする状況だった。
おそらくモルヒネをかけていたのだと思う。
もう長くはないということは皆、分かっていた。

ベッドの足許に立っていた私は
何もできない自分が歯がゆくもあり、
なんとなく叔父の足をとって
足の裏やふくらはぎを揉みはじめた。
(ボディワークの心得があったので、何となく、だったのだが…)

それを見ていた父は
「寝付いていると足がいちばんだるくなるから、よく揉んであげなさい」と
一言言った。

そして一昨年。
父のベッドサイドで、
抗がん剤をかけてベッドの上で
身の置き所のないだるさに輾々としている父の足を揉んだ。

足の裏からふくらはぎ。
ふくらはぎは、押したらへこみがしばらく戻らない。
ぐにゃりと、粘土のような感触がした。

仕事で、いろいろな方の身体に触れてきたが
こんなにひどいむくみは体験したことがなかった。
切なかった。

そして、意識が混濁して
頭がクリアでなくなることを恐れ、
モルヒネを極力拒んでいた父は
それでも痛みに耐えきれず
モルヒネを投与された時には
横にもならず、机に突っ伏した姿勢でいることが多かった。

そんな時は背中をさすり、
苦しそうだな、と思うところに「手当て」をした。
しばらくすると重さを私に預けて
すうっと眠りに落ちて行く。
やっと安らかに眠る顔を見て
病室を出ることができた。
あのとき、少しは役に立てたかな、と思う。

やはり人の「手」のチカラは本当に大きいと思う。

ツボを押すようなマッサージではなく、
やさしくさすること、ほぐすように軽く揺らすこと。
足の裏なら軽く押すこと。
またリンパ液の流れに沿って手を滑らすこと。

マッサージはガン細胞を散らすので禁忌、
という説もあるけれど
それも患部の状態やがんの種類にもよるものと思う。
触れられることで安心するのは
子供も大人も一緒なのだ。

まして、死期の近い人間にとっては。

触れることがどんなに治療的な意味を持つかは
私の専門分野での論文にも多い。
情緒的な安定や、自律神経の安定にも効果がある。

もし、ご家族に臥せっている方がいれば
(臥せっていなくても!)
ぜひ試してみてほしい。
手を握るだけ、ほぐすだけ、
背中をさするだけでもいいから…

ヘルプが欲しければ行きますよ〜!

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-07-17 03:24 | がん患者のケア、セルフケア

術後ほぼ1ヶ月半経過

7月の声を聞いてから、
夏の大事なイベントを控え、
気分も少し引き締まってきたせいか
体調もよくなってきている。

あらためて気分と体調の相互作用は
あるなあ、としみじみ感じる。


ここ何日かで30度を超える暑さになったので
縮小した健側の傷口には時々かゆみが出るが、
赤紫だった色も褐色くらいに落着いてきている。

また、頭のぼーっと感と頭痛が、かなり軽快してきている…!
コレにはホルモン治療開始以来、一番悩まされた。
物忘れは、まだあるけれど…

旅の後に投与されたツムラ24番、効いたようだ。
その後の23番もよかったよう。

そして精神科臨床の仕事にも
先週から復帰。
翌日はやはり疲れが出たけれど。

何かした翌日に疲れが出る、
というパターンが見えてきたので、
あらかじめ休養日を考えスケジューリングする癖もついた。
右患側の引き攣れ感も
かなり軽減されている。
全くない訳ではないが、
日常的にも運動的にも支障はない。

睡眠も一時は乱れていたが
今は眠剤なしで眠れる日が多い。
睡眠が安定すると
心身ともに安定する。
これも相互作用だけれど。
この暑さに適度に負けているのも(笑)
よいような気がしている。

これから摘出のミナサマ、
再建を控えているミナサマ、
不安が多いこととお察ししますが、
案ずるよりもなんとやら、です。
時間とともに
必ず傷は落着いてきます。
暑いけれど無理せずに行きましょう〜。

ところで、清志郎サマ
転移してしまったけれど、またしっかり治療して復活してほしいです…
自分の青春時代はRCサクセションとともにあったし。

腎臓がんから復帰した小橋健太選手もそうだけれど、

歌もプロレスも肉体勝負。
わたしの仕事も。
なので、
彼らのエネルギーや姿勢にはとても励まされる。

ガンバレ清志郎〜〜〜!!!

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by holyqueen | 2008-07-15 15:00 | 3次再建
私の乳がん告知は昨年だったが、
一昨年は父が肺がんとなり、肝臓に転移していた。
8月から入院し、12/18に他界した。

家族の我々は
当日の朝、容態急変の電話をもらい、
病院に駆けつけていた。

父の意識はもうないようで、
酸素マスクをつけ
時々、ひっ、と苦しそうに息を吸っていた。

私は当日に仕事があり、
それをキャンセルしようと思っていたが、
前日も同じような状況であったこと、そして
兄妹が「少し安定してきたから行ってきたら」と
言ってくれ、後押しをされるように昼前に仕事先に出かけた。
(町医者の家に生まれ、
夜遅くの急患や、往診などに父が対応しているのを
見ながら育った私は
自分のクライアントが待っている状況を
すっぱりと切ることができなかったのも事実だが、
家族からは性格が父に一番似ているとも言われていた。
まあ、この責任感の過剰なところが
がんになった理由の一つであると今は思う。)

17時に仕事を終え、会場を出ると
夫の車が待っており、
すべてを理解した。
14時50分だったという。
何となく、ああ、私のところにはお知らせは来なかったな、と思った。

病院に詰めていた兄と妹に、後から話を聞いた。
妹も、仕事の電話かなにかで
病室から外していた時、
兄の腕の中で亡くなったという。


お通夜の席でのこと。
長年懇意にしていた隣家の奥様より、
こんな話を聞いた。

お昼過ぎだったか、時間ははっきり憶えていないけれど、
父の車が止まる音がして、
家のドア(木のドアでかなり重い。閉まるときにバタン!と大きな音を出す)
が閉まる音がしたとのこと。
いつも聞いていた耳馴染みのある音なので
あら?お帰りになったのかしら、と思ったとのこと。

父が入院してからは
実家には誰も住んでいなかったし、
家族が行く以外は誰も訪れる人もいなかった。
もちろん、父の車は誰も運転していない。
キーは、彼だけが持っていたから。

父は
車を運転することが大好きで、
自分が建てた家に愛着を強く持っていたので
その話を聞いたとき、
とても納得できる気がした。

そしてその後、
実家の片付けのため
一人で訪れたとき、
空気がきれいになっていたのに
ビックリ。
うちは小さな町医者で、
診療所と住居が一緒だったのだが
そんなことも影響してか
いろいろな目に見えないモノたちがわだかまっているのを
家族の皆が体験していたのだが、
その気配がすっかりなくなっていた。
(父の入院中、一人で実家に行くと
昼間でもぞくっとすることがあり、
やけに疲れ、長居ができなかった)

連れて行ったんだな、と思った。

父のタマシイは迷うことなく家に戻った。
そしてどこかに去って行った。

自由になったんだろうな。

いちばんかわいがっており、
将来を心配していた姪のところには
監視?に行くこともあるらしいが…

私は身体から抜け出たら、
まずどうするかな…
と時々思う。



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by holyqueen | 2008-07-15 11:45 | 死と生について考える