乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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10月末で
最初の乳がん摘出手術からまる2年。
(その後も3回のオペをやりましたが)

2年とは思えないくらい、
いろいろな体験をした。
つらいことも、
嬉しかったことも、
奇跡的なことも。


そして今年の大腸がん摘出からは
4ヶ月ほど。

気力と体力が(恒常的に)戻ってきたなあ、と思えたのは
今年の6月くらいからだった。
(ほぼ1年半はかかっているというわけです。)

それでも、
動きたい、
何かをしたい、
という気持が高まっても
身体はなかなかイエス、と言ってくれない。

なので
体力と気持の間に齟齬ができ、
それでココロが揺れ動いたり
落ち込んだり
という日々を
この春まで体験してきた。

(とはいえ、オペの合間も
ほそぼそと仕事は続けてはきていたし、
病気でそれに支障を来すこともなかった。
まあ、常勤の仕事でなかったからというのも
大きいと思います)

けれど、
気力のでない状態は、とてもつらかった。

動きたくても動けない、ということもあったし、
気持は焦りを感じていても
身体はまだまだ回復していない、というメッセージを
ところどころで送ってくる。



動き始めたい、というエネルギーが
出口を失い、
身体の中でぐるぐるするしかない。

そういう状態が鬱状態である、
という文章を
昔田口ランディのエッセイで読んだことがあったが、
それに近いものだったのかもしれない。

がんに伴うメンタリティの問題は
デリケートなことなので
お書きになっている方も少ないと思うが、
自分の経験からでは
あきらかに
メンタリティと体力や気力は関係している。


それがやっと抜けたかな、と思えた6月以降。

たまたま見つけた記事で、
Kirk Frankllinの来日を知った。

そしてクワイアのメンバーにも情報を送り、
すぐにチケットをとるべく動き始めたのだった。


今日は疲れましたので、
また明日…
☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2009-09-18 02:06 | ゴスペル
本日7時からの
テレビ朝日「報道発 ドキュメンタリ宣言」は
鳥越俊太郎氏のがん初発からの経緯を追った特集だった。

彼が家族に手を握られて
手術室に入って行く場面は
コマーシャルでもさんざん見ているけれど、
やはり流れを追ってその経過を見ていたら
ほんとうに他人事でないな…とまた思った。


初発の直腸がんは
ナレーションでは
「3年健康診断を受けていなかった」ということ、
下血があり異常を感じて検査を受けたこと、
(その段階から何かあったときのためにカメラを回していた)
検査後、即入院が決まったことなどが語られた。

また1年後、肺に転移、切除。
そして肝臓に転移、切除という経過を辿っているということだった。

腸から肺に転移、ってあるのか…!?

乳がんの場合は
発見されてオペまでいろいろ調べることができるけれど、
大腸がんの場合はまず検査してみないとはじまらない、
ということが不安でもある。

病気になるということは
自分の中の不安との闘いがいちばん大きい、と思う。
先が見えないことが人間にとってはいちばんの不安であるから。

転移、再発はこわいものだけれど
彼の場合のように
とにかく検査をして
早めに手を打つ、ということができれば。

けれども、やっぱり見ていると涙が出たです。
一山越えてバイバイと思っていたらまた次のヤマ。
こういうことって、あるんだよなあ、という気持。

この放送のダイジェスト及び鳥越氏が書いた『遺言』は
コチラで見られます。

『遺言』の中では
がんになるのも
そう悪くはないな、ということが書かれている。
同感。
詳細は上記をご覧あれ。


当然だけれど
お涙に傾くこともなく、
治療の経過に傾くこともなく
がん患者としての揺れや生きている日常を
淡々と描かれていて、
自分にとってはなかなかいい番組でした。


誰かまたは自分ががん(病気)になること、
がん(病気)になって大切なことが
痛いほど感じられること、
がん(病気)を通して体験することはすべて
「生きる」、ということが炙り出されることなんだな。



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by holyqueen | 2009-04-27 21:53
無理を重ねてがんになる。

がんになってショックを受ける。

がんになって治療がはじまる。

治療をしながら
自分と向き合う。

自分の苦しみ、辛さと
向き合うところが
スタート地点であり、
まさに「イニシエイション」=通過儀礼なのだ。

「イニシエイション」は「勇気」を必要とする。
「孤独」でもある。

でも、誰も助けることはできない。
ひとり、夜の荒野で
コヨーテやもののけの声におびえながら、
焚き火の火を絶やさないように
火を見つめて
なんとか一晩やり過ごすようなものだ。

そして、
不安におびえながらも
夜が明けてゆく。

朝の光で
無事に生き延びたことを感じる。
朝日がこんなにありがたいものだったとは、と
身体中で感じる。

そこから本当の「癒し」が始まる。

本当に苦しいときに向き合ってこそ、
ありがたみを感じる。

そして、「癒し」が起きる。
それは自分にしかできないものなのだ。
   ーセラピストはそれをお手伝いする係に過ぎないー

不安におびえていた自分も、
怒りをまき散らしていた自分もいる。
それをそのままに受け入れていく。

よい自分、悪い自分ときめつけず。
いかなるジャッジもせず。
自己憐憫にも陥らず。

葛藤しつつも
少しずつ受け入れていくことから
「自己治癒力」が育っていく。

がんから教えてもらうことは、
たくさんあるね。

今も、そしてこれからも。

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by holyqueen | 2008-12-15 01:05 | 言葉のごちそう

今日は日帰りで大阪へ♪

本日は
大阪で仕事。

日帰りなのでちょっと大変ですが…

予定時間より
30分早く目が覚めました。
ほどよい緊張感だ…

一日、たっぷり身体を使って
身体とココロのバランスをどのようにとるのか
レクチャーしてまいります。

今日のテーマは
身体感覚をいかにつかむかと
グラウンディングするためのボディワーク。

関西へは何度か仕事で行っているけれど
トウキョウでセッションするよりも
なんだかノリが合う感じがするので
楽しみです。

参加者のミナサマには
自分の身体と徹底的に仲良くなってほしい。
自分の身体の訴えに気づいてほしい。

…コレを書いていたら
なんだかデジャヴ感がある…

どうもコレも夢で見た記憶が…!

ともあれ、
初回オペの一ヶ月後の
昨年の今頃を考えたら
こうして出張に出られることも
嘘のようで、
本当にありがたいです。

健康な人だけが
健康を語る権利があるのではない、と思う。

病気を経過したからこそ、
健康のありがたみや
いろいろなサインに気づける
という「ギフト」があるのではないでしょうか。

そんな知恵をシェアしたいし、
がんを経過中の自分に
もっとできることがあるのではないかと模索しつつ、
今日もセッションをしていこう。

ミナサマもよい一日を過ごされますよう!

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-12-13 04:14 | 予後と仕事のバランス
ここ
からの続きです。

と、↑に書いたようなことが
自分の体験であった。

この1ヶ月は
自分のアンテナが立っていれば
本やテレビや、何気ないコトバや風景からも
ちゃんとメッセージが届くことを体験し続けてきたが、
今回の体験は
その集大成のようなものなのかと思う。

こういう流れになるとは
もちろん自分でも予想だにしていなかった。
だが、
死はすでに自分にとって
リアリティの強いものになっているので
「死」を象徴的に体験できたことに
大きな安らぎを感じた。

自分の人生にベストを尽くして
誰を恨むこともなく
死ねるならば、
それはやはりまっとうした、
という満足につながるのだな、と。

この2年、
父の死や病のプロセスをとにかく
しっかりと受け取って行こうとしてきたことが
(かなり辛いことではあったけれど)
自分の中の深いところをも
こんなふうに変化させてきたのだな、と思えた。

ワークの中で
『自由である』、と身体で感じたられたときには
ああ、この感覚をいつでもまた思い出せばいいのだ、
と思った。


毎日を生きて行くことは
今までと変わらない。

でも、決定的に違うのは
その姿勢、のようなもの。
感覚と言ってもいいかもしれない。

些細な、微細なことも
そのままに受け取れるようになった。
余分な思い入れも減った。

エゴやマインドの入る隙間が
以前よりも小さくなっている感じ。

オペ後から漠然と感じていた
世界に対する違和感が
これではっきりしたように思う。
見た目は変わらなくても
自分の感じ方や中身が、明らかに変化したのだ。


ワークの後には
ふうっ、一仕事終えたぜ…という達成感と
心地よい疲労感があった。


これは自分にとっての
「臨死体験」のようなものだったのだろう。


…このシリーズは以上で完了です。
長々おつきあいいただいた方にはありがとうございました。

ブログは続くよ(笑)

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-12-04 22:25 | カラダとスピリチュアリティ
ここからの続きです。

当日、自分のテーマは
自分の中にある罪悪感にしようかな、と決めて
ペアの相手に(今回は彼女がシッターとなる)話し、

横になり、ゆっくり呼吸をし、
体全体を意識する。

以下は自分の身体感覚、ビジュアライズされたイメージの体験です。
こうしようと思ってするものでもなく、
流れにまかせていて出てきたもの。

********

…足首に、何かが巻付いているような
いつもと違う感じ。

手のようなもの。
黒っぽいが嫌な感じではない。
誰かが、もう少し待て、と引き止めているような感じもする。
じっとそれを感じていると、
足の裏から強くエネルギーが出てきた感じ。
足の裏にスリットができ、
そこから噴き出している。
なんだか鉄腕アトムのようで、
これは「飛ぶ」ためのものかな、とふと思う。
足裏の下に、円く白いエネルギーボールができている。
足首に巻付いているものも、
ギリシャ時代のようなサンダルを履いていて、
その革ひものような感じに変わっている。

気づくと、手のひらの内側にもエネルギーボール。
誰かにこれを分かち合いたい気持ちになり、
シッターに正面から受けてもらう。
1回目、ベールをかぶせるような感じ。
2、3回目。手のひらの状態が変わり、
きらきらした星屑のようなエネルギーに変わる。
彼女はそれを見事に言い当ててくれる…!
そして「とてもいいエネルギーをもらった感じがする」と言ってくれる。
(以前よりエネルギーが強くなっているのを自分でも感じたけれど、
シッターさんが言い当てたのにもビックリ)

手のひらと足の裏から出ているエネルギーは、
胸の辺りでxのカタチにクロスしていて
それが手足それぞれから流れ出ていることを感じる。
そしてそれはぐんぐん外にまで伸びて行っている。
『ああ、私はとても自由なんだ!』と思う。
自分の中に何があろうと、
こだわらずにこのエネルギーを生きればいい、とふと思う。
すべてがそれでOKなのだ、と感じる。
(このクロスのカタチは以前、江ノ島で雲の写真を撮ったときにも
出てきたもの。以前のブログにアップしています)

しばらくすると
身体が軽くなってきて
浮いている感じがある。
目の前に雲が見える。
空に浮いているらしい。
しばらく雲と空を眺める。
穏やかな空。
どうなるのかな、と思っていると
宇宙が見える。
宇宙の中に浮かんでいるらしい。
藍色の空間の中にたくさんの星が見える。
とてもきれい…!

そして、はるか下方に地球があり、(本当に美しい星でした)
そこから3本のくっきりとした白い光が放射状に伸びていて
私の背骨の3カ所に入っているのが分かる。
(放射状であること、3本ということに何か意味があるように感じる)

ああ、私は地球からエネルギーをもらっているんだな…と思う。
すると大地のことが思い起こされ、
目の前にアフリカのような、赤い土の、地平線の見える土地が見える。
自分が大地のエネルギーになる。

そして声を出したくなり、声を出す。
何度も。いろいろな声を出してみる。
出す声により、身体に響く場所が変わる。
そしての響きそのものが身体への「癒し」であることをリアルに感じる。
(ワークをしていて声を出したくなったのは初めて)
シッターがどんなイメージで声を出しているの?と聞いてくる。
大地の声、と答えると
彼女が「アフリカみたい」と、またシンクロ。

それが終わると何も出てこない。
「無」になった、と感じる。
「無」の状態を味わう。
からっぽで、とても気持がいい。
そこにいるだけ、である。
シッターもそれを一緒に味わっていた。

しばらくそれを味わっていたら
なんだか手足が重くなってきて
「老衰かなにかでもう動けないおばあさん」のようだと感じる。

手足がだるい。重い。ぴくりとも動かせない。

シッターに頼んで、チョコレートを小さく割って食べさせてもらう。
どこももう動かないが、最低限、口に入れることができる。
チョコが口腔の温度で溶けて行き、食道を流れて行くのを感じる。
二つ食べる。それでもう欲しくなくなった。
途中に感じていた空腹感はもうない。呼吸も浅い。
(ふだんは誰よりも呼吸が深い自分です)

手足がだるいので、シッターにお願いして
身体のいろいろなところ、そして
手のひらなど、
好きにさすったり撫でたりしてもらう。
手つきはおぼつかない感じだが、
一生懸命してくれているのを身体で感じる。
(父も抗がん剤をかけていた時期は、
これのもっとひどい状態だったな、と思う。
身の置き所のないだるさ、苦しさ。
そして行くたびに私は身体をさすり、
それで父がやっとすやすや寝入ることも多かった。
夜、父は一人でいると眠れないことが
しばしばあったらしい。
おそらく死への恐怖が強かったのだと思う)

シッターに体位を変換してもらう。
横向きにしてもらい、そのままそれをじっと味わう。
何の感情も起こらず、その身体を味わう。
(高齢者が寝付いたりしていると無表情になっていることがあるが
実は自分の身体や近づきつつあることを感じているのでは、とこのとき思う)

自分で仰臥位に戻る。

「もうそろそろ死ぬので最期にお水を飲ませて下さい」とシッターに頼む。
少し動揺した気配が感じられる。
が、水をとりに行ってくれ、「どうしたらいいですか?」と言うので
「アタマと上半身を起こして下さい」と指示して、
紙コップの水を飲ませてもらう。2回。

そして
「もう死にます。最期のお別れをしてくれる?」
とお願いして死ぬ。

シッターは、私の身体に触れたりしていたが、腰の辺りに抱きつき
ずっと洟を啜っている。悲しみのエネルギーが伝わってくるが、
ああ、ちゃんとお別れをしてくれているんだ、と少し嬉しい気持になる。

そこで思わず声が出て笑ってしまう。
おそらく、え?と思ったであろうシッターに
「あのね、死んだらとても楽なの!」と伝える。

そして「柩に入れて下さい」と伝える。
手も組ませてくれ、足先もそろえてくれる。
あるべきカタチになった、という感覚がある。
「お花を入れて下さい」と頼む。
「白い薔薇、チューリップ。」などと言いながら、
彼女がお花をたくさん入れてくれる。
自分の周りをお花で飾ってもらうのは嬉しいものだなあ、と感じる。
(入れる側の時は悲しみに暮れているだけだけど、
入れてもらう側の体験が新鮮!)

柩のふたを閉じてもらい
そして焼かれる。
ふたの裏を走る火が見える。そこで途切れ、
また無になり、灰になっている。

ほどなくして、灰の中から、新しい自分が動き出す。
わずかに身体が動いて行く。
手の先や、足先が動いて行く。
全身に動きが広がり、
うつぶせにまるい姿勢になる。
背中がぶるぶるっと動き出す。肩甲骨の辺りがもぞもぞし、
腕が動いて行く。
翼のように。
そし背中が立ち上がり、翼が開かれて行く。
(あとからシッターさんが『とても大きな翼でしたね。きれいな動きでした』と言ってくれる)


以上でした…


終わって、シッターと話す。

彼女のご家族が亡くなったとき、
彼女はまだ自分のことで精一杯の年齢で、
ご家族のケアを充分にすることができなかった、
そしてそれを後悔していたので
今回それができたような感じがしたということと、
「死ぬと楽」という言葉を聞いて
とても気が楽になった、と涙ながらに伝えてくれた。

また、シッター役がうまくできるか不安だったので、
出かけるときに「後ろの人(ガイド)に一生懸命お祈りしてきました」
と言ってくれたのを聞き、
嬉しい気持になる。

途中から、自分のためだけでなく、
彼女も巻き込むワークになるな、という気がしていたが
象徴的な死がこんなふうに彼女の中とつながっていたのか、と思う。
そして私の感覚に非常にシンクロしていたのを感じていた。
とても感応力の強い女性だった。

帰る準備をしていたとき、
隣のチームの女性が
「これ、落としていませんか?」とカード2枚を手渡してくれる。
持参していたエンジェルカードだった。
しまうときにこぼれたらしい。

ありがとう、と受け取ると
「光」と「恩寵」のカードだった。

カードの解説:
「光」  あらゆる生命の本質は光です。暗闇を明るく輝かせる力はあなたの中に、
いつも、いつまでも。

「恩寵」  現実は恩寵です。感謝して受け入れ、嬉々として関われば
見事な計らいとなって現われ続けるでしょう。

…まさに今回の「ギフト」だったのだな、と思う。
そしておそらく、がんという病を得て、
それに取り組んできたことへの。


その4に続く。

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by holyqueen | 2008-11-27 19:43 | カラダとスピリチュアリティ
さて、ここからの続きです。

ワークの流れについては↑に書いたけれど、
これをやろうとするとなかなかむずかしい、
というひともいる。

というのは
多くの方が「思考」に傾いており、
「感情」や「感覚」に意識的に生きていないことが多いからである。

自分の感情くらい分かるよ、と思われるだろうが
人にもよるが、
感情(特に怒りと悲しみ)は実は抑圧されることが多い。
我慢強かったり、
責任感が強かったり、
人の評価を気にしていたり、
まじめと言われる場合はその傾向があるように思う。

ましてや「感覚」となると
本当に鈍くなっていることが多い。
常にハイパー・テンションである人や、
男性は(女性より)その傾向が強いように思う。

なので、こういうワークが
はじめてだったりするとこれがなかなかむずかしいわけです。

でもそれは当然で、
あるとき、自分のやっているワークショップに来た方が
「ふたが開いてしまいそうでこわい」と言ったことがあった。

「感じる」、ということは
自分自身の抑圧に気づく、ということにもつながるからだ。

けれど、気づくことからすべては始まる。

自分の中にあるものに気づき、
それを「赦す」、というのが
今回のワークショップのテーマだった。

ペアになり、
片方が今何が(誰が)赦せないか、ということを話し、
それを相手役が聞く。
相手役は相手の言うことに意見をしたり、
批判を加えたりしない。
ただ受け止める。
そして、ワークに入ってからは
相手に寄り添い、見守る役割になる。
それを1日目、2日目で交互に行う。

初日はペアになった方のワークで、
自分は見守り役となった。

最終的にはとてもいい結末で終わり、
お互いに信頼感ができた感じがあった。

が、一日集中して行うので
終わるとぐったり疲れる。

翌日は、自分のワークだったが、
「赦す」「手放す」というのは
一昨年、父ががんになってから、
そして自分も病を得てからの大きなテーマであり、
それをこの2年、ずっとやってきたので
もうほぼ終わったようにも感じていて
正直なところ、
どんなことをフックにすべきか
よく分からなかったが。
まあ出たとこ勝負にまかせよう、と決めた。

…その3に続く。

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by holyqueen | 2008-11-21 23:06 | カラダとスピリチュアリティ
先日、
とあるワークショップに参加してきました。

ワークショップというのは
元々は「体験学習」という意味。

私の経験してきた
演劇、ダンス、セラピーなどの分野では
とても一般的になっている。

参加したのは、
ボディサイコセラピーをベースとしたもの。

ちょいと説明するとです。

自分の仕事もそうなのだが、
カラダは自分の表の意識以上に
いろいろなことを既に分かっている。

たとえば、
ちょっと苦手な人に会うと
ココロでは
「この人は上司だから」とか
「角を立てたらいけないからうまくやろう」とか
いろいろな理由をつけて
その人との時間をやり過ごそうとしたり。
相手の機嫌を取ったりもする。
けれど、
その時間を終えてみると
ものすごく肩が凝っていたり、
疲れを感じたり、
という体験は誰にでもあるわけです。

それをやり過ごしたからといって
その人といる時間は苦痛であったり、
苦手であることは変わらない。

では「なぜ」その人がニガテなのかなあ、
と考えるとき、
とても有効な手段が
「からだに聞く」ということなのです。
(ものすごく簡略化していますが)

なくて七癖ということわざがあるが、
本当に人にはいろいろな反応があるもので、
それに自分自身気づいていない人も多い。

気づかずに
無意識的に出る
カラダの反応に意識を向けてみる。
たとえば、
誰かのことを思い出しただけで
胃がムカムカしてくるとか、
アタマが痛くなるとか、
反応している場所に
意識を向けてみる。

そしてどんな感じがするかを
感覚的に感じてみる。

アタマがかーっと熱くなって
溶岩が燃えさかっているように感じる場合もあるし、
胃の中に何か異物が入っているように感じるかもしれない。

そうしたら
そこにあるもの(溶岩やら、異物やら)と「対話」をしてみる。

つまり、
アタマで考えて答えを出そう、と努力してみることとは
正反対で、
カラダはこういう症状を訴えているから
ちゃんとそこに耳を傾けてみようよ、
アタマでコントロールしないでさ、
という手法なわけです。

…というのが、
先日受けたワークショップでの
ワーク内容の大まかな流れなのです。
(かなり大ざっぱですが)

自分もセラピストであるので、
こういうワークショップは
何度も体験してきたし、
自分ひとりで行うワークも
去年はかなりの頻度で行ってきた。
がんという病を得て、
日々大きく揺れ動いていたこともあったが、
この病を得たことで
学ぶべき何かが
沢山あるとどこかで感じていたのかもしれない。


今回は、
そのワークショップのお知らせをいただき、
ろくに内容も読まないうちに(笑)
すぐに申込んだ。

でも、こういう直感は
とても信用しているので
いつものようにでかけていきました。

…その2に続く。

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by holyqueen | 2008-11-20 23:43 | カラダとスピリチュアリティ

言葉のごちそう2

一瞬は熟れきったとき
永遠となる
言葉は熟れきったとき
沈黙する
果実は熟れきったとき
地に帰る
死を
熟れきった生として
とらえること

by 谷川俊太郎

*******

…もう書き足すコトバもなく
その通り、という感じです。

瞬間を生きること。
仏教で言えば刹那。

そして刹那は永遠なのだ。

病気になろうが
いくつで死のうが
生ききりましょう!



☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-11-11 00:21 | 言葉のごちそう
昨日NHKで
リレーフォーライフのドキュメントをたまたま見た。
どなたか見た方いらっしゃいますか?

どんな内容なのかあまり知らなかったけれど、
取り上げられた何人かの方のインタビューを聞いたり、
がん患者の家族へのインタビューを聞いていたら
このイベントをとても大切に思っている人々が
いるのだな、ということが分かった。
がんのことを誰にも話せなかったけれど、
ここなら話せる、という方もいた。
安全に話せる場は本当に必要と思う。
そして共感し合える場が必要と思う。

参加された経験のある方がいたら
感想を教えて下さい。

ドキュメントとはいえ、
すべてのメディアでドキュメントと称されるものには
メディアの操作が入っているが
3人に1人ががんになる時代に
こういう番組は
「他人事ではないんだよ」という
啓蒙になればいいな、と思った。
見ながら、ちょっと涙出たです。
やっぱりがん以後、
涙腺ゆるくなった…
(そういう話もよく聞きますが)

この番組にも出ていた
精神科医の
名越康文氏は
メディアの露出が多い方ですが
コメントを聞いていると
この人は医師として信用しても
大丈夫そうかな…と思える。

そして筑紫哲也氏の他界。

とても残念です。
ぜひ復帰して、
鳥越おじさんと共に
がんについての番組を
制作してほしかった。
まだ73歳。
ジャーナリスト、と呼ぶに値する人が
日本には少ない(と私は思う)が
一人減ってしまった。

人には寿命があるけれど、
誰にも死は訪れるけれど、
やはり別れのときは
誰にとっても
悲しい
切ないことですね。

ただ、悲哀があるからこそ
人は思いやりや慈悲の心を持てる、とも思う。

ジャーナリストという仕事を通して
我々にいろいろな示唆を与えてくれた
筑紫氏に感謝。
そしてゆっくりと休まれますように。


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by holyqueen | 2008-11-08 15:41