乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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タグ:サイコオンコロジー ( 11 ) タグの人気記事

はじめてのかたへ♪

こんにちは。
訪れていただいてありがとうございます。
がんを告知されて間もない方、
検査でひっかかって結果待ちの方、
手術はすんだけれど再建や再発の不安を抱えていたり
今後の生活にも不安があったりするかと思います。
そしてご家族や大切なひとがこの病気になってしまった方も。
不安でいっぱいなこととお察しします。

私も乳がん患者で、現在進行形で治療を続けています。
(付記:2010年10月でゾラデックス終了。5年の服薬は自己責任で中断しました)

この日記では、
乳がん告知から入院、手術、治療、そして再建など
治療の経過だけではなく
カラダとココロ、そしてタマシイがどんなプロセスを辿っていくのかを
ていねいに記述していくつもりです。

ブログの性質上、
最新の書き込みがトップに来てしまうのですが
一番最初のページから
なるべく時系列で、
起きたことの流れに沿って書くようにしております。

私の体験を読んでいただくことで
今後を考える手助けになったり
何かシェアできることがあったり、
少しでも気分が楽になることがあれば
この上もないヨロコビでございます。
メッセージも歓迎です。
それから病気でない方も
周りの病気の方への理解のヒントになればと思います。

私の仕事はセラピストで、長く精神科臨床の場での仕事をしています。
今は病院でサポートを受ける側にもなり、
治療者側/患者側の両方の立場を体験することで
改めて感じることや気づくことががたくさんあります。

医療関係者、看護者、臨床心理学やサイコオンコロジーを学んでいる方などにも
読んでいただけるといいなと思います。


この病を得て(この日本語の言い回しが好きです)
私は死と再生のプロセスを歩んでいます。

病をきっかけに死ぬということ、生きるということを見つめ
死と生を考える上では「魂」というものを抜きにすることができない、
ということにも改めて気づきました。

古い細胞が毎日死んでいくように、
私の中のもう役目を終えたものや
古いものが生まれ変わるチャンスなのだと思っています。

あるDrが「病とはギフトです」とおっしゃっていました。

そしてそれを友人に話すと
「ありがたいものだけれど嬉しいものではないよね」と一言。

確かにその通り。
いただいた瞬間に驚くのは一緒だけれど(笑)
嬉しかったり、楽しかったりするものではないし、
すてきなラッピングもないし、
いい匂いもしないのです。

私にとってどんなギフトとなるのか。
それはまだわかりません。

けれど、
この病は私の身体の中に発生したもの。
病を敵として闘う、という発想ではなく
病からどのように学べるか。
それをどのように生きるかで見えてくることがあると思っています。
けっして楽ではありませんが、
今はそんな旅の最中です。
死と生が同じ価値を持って存在しています。

どんなきっかけで、
どんなギフトになるのかは
それぞれ、人によって違うのでしょうね…!!

みなさまも、よい旅をなさいますように。

魔女より♪

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by holyqueen | 2012-12-31 17:35 | プロフィール

へろへろですが…

仕事やら何やら
あまりに多くのことが起こりすぎている現在、
へろへろですが。

コメントをいただけることは
本当に嬉しく、
感謝です。

たぶん、このブログを
訪れてくれるひとは
何らかの病を抱えている方が多いと思います。
(いや、わかんないけど…。それに、
そうでない方のコメントも歓迎です)

だからこそ、
共有できるものがある場合もあるし、
もちろん、そうでない方も
病を得ると
いろんな変化が起きることがあるんだ、
と思って下さることがあれば嬉しいです。

そして、周りの
病を抱えている人たちへの
思いやりを持って下されば
なお嬉しい。

もっと愛し合おうぜ〜!
(清志郎サマの口調で(笑))

思いやりとは想像力。
想像力は
人間にのみ与えられたもの。

神戸の地震の後は
トウキョウの地下鉄の中でも
誰かが気分を悪くしたり、
倒れたりしたひとへの思いやりが
自然にありました。

今は…
…寂しいことだなあ。

ひとは一人では生きられない。

私も、できる範囲で
やれることをやっていこうと新たに思うこのごろであります。


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by holyqueen | 2008-09-14 00:23 | 日々の雑感。
明日3/15のイベントだけれど、
こんなものがあります。
NPO法人キャンサー・ネット・ジャパンの主催。

「うつ・鬱・デプレッション」を考え、元気になるPower Up Make Upセミナー」

ここでは乳がんコーディーネーターという制度も作っている。
今年は仕事の都合で講座に出られない日が多いので、
来年はぜひ行ってみたいと思っています。

昨日、全身アロマトリートメントをしていただき、
術後の疲れがどっと出てきたようで、
身体が重い。
リンパ廓清こそしていないけれど、
センチネル生検でいくつかはとられているはず。
それだけでも、身体に本当に影響が出るんだな、
としみじみ感じる。

でもこの重さを今日は味わいつつ
できることをしようという感じ。

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by holyqueen | 2008-03-14 12:13 | 乳がん情報

魂とは何だろう〜その1

12月、1月に深い抑うつ状態になったときに
読んだ本があった。

10年以上昔に買っておいて、
意味がよく理解できずそのままにしておいたものだった。
ユング派の分析家ジェイムズ・ヒルマンの
その名も「魂の心理学」という本である。

精神疾患を元型心理学の立場からどのように理解するか、ということを
念頭において書かれた本であると思うが。
「魂の危機」にも対応するものと実感した。
自分の魂が死にかけていたから…

彼によれば『たましいとは「出来事を経験に深め」る「見方」であり
精神と物質をつなぐもの』だそう。

以下同書より引用************
「抑うつに対する我々のスタンスは、アプリオリにそれに対する躁的防衛である。」
「抑うつは依然として大いなる敵である。大量の個人的エネルギーが、抑うつに対する躁的防衛に、そこから気持をそらせるためにその否認のために費やされる。絶望ー希望というサイクルにおいて、そのおのおのは他方に関する行動が復活的である限り、そして落ち込み、落ち込んだままでいることは罪であると暗黙のうちに考えている限り、我々は心理においてキリスト教的であり続ける。

しかし抑うつを通じて、我々は深みに入り、その深みで魂を見いだすのである。
抑うつは生の悲劇的な意味において本質的である。
それは乾いた喉を湿らせ、湿ったものを乾燥させる。
それは避難所を、制限、焦点、重力、重さ、謙虚な弱さーパワーレスネスーをもたらす。
それは死を思い起こさせる。
真の革命は個人の中で始まる。
自らの抑うつに対して真摯な個人において始まる。
希望と絶望のサイクルに捉えられて、そこから自分を飛び出させたり、
またそれを神学化するのでもなく、
それが欲する意識と深みを発見すること。
このようにして魂のための革命が始まるのである。」

「病気の中の神の無視は、人間的なものを損なう。どのような人間的事柄であれ、それを充分に扱うには
思考の半分を人間的ではないものに捧げなければいけない。
『病気』は元型のうちにもあり、元型は病気の一部分なのである。
神々が苦しみを通じて我々に作用するのなら、病理化は神々を内在的なものとし、神々が入ることができるように
心を開くだろう。」
「私の症状は私の魂を指し示し、それらを通じて私の魂は私を指し示す。」
「病理的体験は消し難い魂の感覚を与える。」
「テラペウテースという言葉は、元々『神に仕える者』を意味する。
それはまた、『何かに付き添う者』とか『病人の世話をする者』も指した。
セラピストとは、『病気の中の神』に注意を払い、その世話をする者である。」

*********

病気の中に神がいる。
これこそが、
病の意味であるとともに、
魂の本質に近いものであると思った。


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by holyqueen | 2008-03-13 11:21 | カラダとスピリチュアリティ

昨年は、
自分が告知されたせいもあり、
著名人のがんのカミングアウト、あるいは死亡のニュースが
多かったように感じる。
何気なくつけているテレビから
そこだけ浮き上がって私の耳には聞こえてきた。

筑紫哲也、鳥越俊太郎、山田邦子、アグネスチャン、
などのカミングアウト。

カミングアウトで最初に記憶しているのは
逸見政孝の会見だった。
冷静に話そうとつとめていたが、
やはりショックを感じている印象があった。
その場に居合わせた幼なじみと
「そんなになるまで仕事しなければいいのに…」と話していたら
(彼は当時、フジから独立したばかりで大変な売れっ子アナウンサーだった。
豪邸を建てた、というのもニュースになっていた)
幼なじみの母に、
「家族のためにがんばって働いたのよ!」と怒られた。

今は分かる。
ひとは上り坂の時ほど、
いろいろなことに気をつけなければいけないということ。
無理は無茶になり、自分を無視したあげく、
小さな症状に気がつかなかったり、
見過ごすことがその時々を経過していくのに必要となり、
ある日、身体や心がその症状を大きく訴え始める。
あるいは尊大になり、坂を転げ落ちるひともいる。

そして印象的なのは松田優作。
確か膀胱がんでしたね。

彼自身はカミングアウトはしなかったけれど、
「ブラックレイン」という見事な作品での主演で、
すばらしい演技を残してくれた。

彼にとっては治療より作品が大事で、
痛みを圧して、撮影に臨んでいたという逸話もあった。

自分ががんを告知されたとき、
真っ先に思いだしたのが彼のことだった。
いのちを永らえることを優先させるより、
自分のいのちを賭けたいい仕事をしたい。
そう思ったりしていた。
今から思うと、悲壮感たっぷりだけど…


カミングアウトのことは
どのタイミングで
どこまで
伝えていいものか、
ずっと考えていたことの一つだった。

また、カミングアウトした人々の姿勢も
いい観察対象になった。
殊に鳥越氏のジャーナリストとしての態度は
私自身がが自分を観察し続けていく、というところにも通じて
ココロに残った。

3〜4人の親しい友人には告知の後に話していたが
その中の映像ディレクターの友人には
入院中の撮影を頼んだりもしていたのだった。
(結局、バタバタで全然できなかったけれど。
今考えても残念…)

けれど、誰のカミングアウトを聞いても
それはその人のケースであり、
自分とは違う、
ということも常に感じていた。
あなたは大丈夫かもしれないけれど、
私は死ぬかも知れない、ということ。

誰の前にも「死」は等しくあり、
いつ訪れるかも分からない。
けれど、それを健康な人に言われることには
非常に違和感を感じた。

切迫感がまるで違ったからだ。
確実に自分の方がリスクは高く、
体の内側に「死」を飼っているような気持ちだった。


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by holyqueen | 2008-02-29 20:37 | がんのカミングアウトについて
10月に入り、
入院日がリアルに近づいてくるにつれ、
家事でも仕事でもさくさく動けるようになる日が少しふえた。
悩まされてきた気力低下と無力感も減ってきたように思う。
入院までに片付けておかなければならないことが
具体的に見えてきたせいが大きい、と感じる。

一番気にかかっていたのは
どこまで誰に話しておくべきかということ。
気づくと奥歯を噛み締めるくせも復活していた。

やめる覚悟をし、一時期は減ったタバコも、
マックスの時よりは少ないけど、
また吸ってしまっている。
やはり忙しさに比例する感じ。
10月に入ってからは、
時の経つのがとても早い。

現実的に作業をこなしていながらも
手帳を紛失したりもした。
(結局机の下に置いていたゴミ箱から出てきた)
なんだか腑に落ちない感じがあったが、
やはりどこかでは現実から遊離していたのだろう。

バタバタしてはいたが、
ほぼこなすべきことはこなし、
入院の準備もして、
入院前日、
旧友と会う。
いろいろ話し、
笑い、泣き、
やはりオペを怖いと思っていることも感じられた。

帰ってから夫の発言にむっときて、怒り。
いつも言葉が足りないな、と思う。
もう一言足してくれれば違うのに、と。
いったん出たものはまたなかなか収まらず。

今振り返ると、
やはり不安でイライラをぶつけてしまったと思う。

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by holyqueen | 2008-02-19 22:32 | 全摘&1次再建

検査後のココロの動き


Bクリニックで検査の後、翌週まで結果待ちをしている間、
こんなことを思っていた。

*****
まだまだ、自分の状態を受けとめきれず、
受け入れられず、
やはり心の中で悪性でないことを願いつつ。
そしてふいに訪れる混乱した感情の洪水。
溢れ出てしまうもの。
大海の中で揺れるままになる一艘のボート。
みぞおちのところで
感情を止めているのが感じられる。

そんな自分を感じつつも
どこかで冷静でもある。

いやだな、とため息をつきながらも
このことがもたらすメッセージは何だろう、
きちんと向き合って
それを捕まえたい、と思う。
たぶん、この機会だから、
ということがあるはず。
とどこかで思っている。

自分の感情や、裏にあるメッセージや
本当に感じていることに向き合うために
誰かに話す必要があると感じている。
それを求めている。

******

仕事上のトラブルも重なって
本当に苦しい時期で、
イライラすることも多く、
夫によく当たった。
けれどもその怒りの裏には
泣きたい気持がたくさん詰まっていた。

仕事をしているときが楽なときでもあった。


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by holyqueen | 2007-12-01 16:49 | 告知から手術まで

初診


07/5/8,

T病院にて初診。
お昼頃病院へ行けばよいとの指示だったが、なんと7時間待った…!!!

評判の高いDrであるのに加え、
連休明けであることがバッドタイミング。
4時間は待つと聞いていたけど…

私もへとへとだがDrもスタッフもへとへとだ(おそらく)。
問診、触診の後Drがエコーを撮る。それから移動してマンモ。

Drにまずエコーで診てもらい、その後レントゲン。
全体にぼんやりしているので患部の特定が難しいとのこと。
次回6/7にCTを撮り転移を調べ、
それ如何でさらにMRIを撮るとのこと。
それにより術式が決定。
PETは必要ないだろうとのこと。
このタイプは進行がゆっくりなので
あまり焦らずにじっくりいきましょうとのこと。
ただ、患部は思ったよりも広がっているかもしれない。
その場合には思いきってざくっととるようなるかも、と。
つまり全摘ってこと。

一昨年からあまりにいろいろなことが重なり
もう何が起こっても不思議はないので、
転移もある場合を想定はする。
死を想う。
死ぬとしたら私はどうしたいかを考える。

今は疲れているので
何もせず、海沿いでぼーっとしていたい、とか思うけれど。

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by holyqueen | 2007-11-29 14:18 | 告知から手術まで

告知


07/4/16、

検査の当日は春にしては冷たい雨が降っていた。

今回はマンモ、エコーに加え生検をする。
エコー映像を見て
Drが悪性の場合はその組織部分が縦長であることが多いのだが、
ここに映っているのもそんな感じで非常にあやしい、と言う。
とりあえず生検の結果は10日後に聞くことに。

帰り道も、ココロここにあらず、という状態だった。

そして10日後。
「残念ながら悪性でした。大きさは11mmと8mm程度のものが
二つあります。幸いなことにあまり大きくないので、
厄払いと思って早くとっちゃえばいいでしょう」とのことだった。

そして病院の選定をDrに相談する。
やはり当初から考えていたT病院を薦められる。
(ちなみに某有名HPも聞いてみたけど
「医者の質が…」ということでした)
連休をはさんでいたので、予約日は12日も先に…

一番気になったのは
入院期間やオペのこと。
そして仕事のスケジュールのことだった。
個人で仕事をしていると、こういうときはつらい。

けれど、道筋がきまって少しほっとした部分もあった。
帰り道、心配してくれていた友人から電話がある。
その心遣いに少し泣きそうになる。

自分への景気づけ(?)に
前回クリニックの帰りに寄り道して一目惚れした
アナ・スイのお財布を買ってしまった…


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by holyqueen | 2007-11-29 13:03 | 告知から手術まで

告知まで


告知を受けたのは07年の4月。

けれども一昨年、定期検診でのエコーでひっかかり、
区の検診センターで改めてマンモとエコーの再検査をしたことがあった。
そのときは「腫瘤」疑いで、経過観察になっていた。
半年後もやはり同じ診断だった。

そして06年、同じく定期検診でひっかかるが
その春は自分の事務所を立ち上げたばかりであまりに忙しく、
検査に行く余裕がなかった。
春秋には半年ごとに検査、となっていたが
夏には父が肺と肝臓のがんで入院し、
一人では生活できない母を預かり、
自分と事務所の相方の仕事を回している状態だったので
秋の検査もすっぽかし…

昨年暮れに父が他界し、
その後は実家を整理して売却しなければならず
正月休みから、毎週末と仕事の合間は片付けに。
生まれ育った場所を自分の手で葬るということは
思った以上に切なく、物理的にもモノが溢れ返っており
ゴミと埃にまみれながらの作業だった。

また、初めての企業での講演という大きな仕事を抱え、
期限の4月までは、心身の疲弊がピークの時期だった。

そして4月、いつものように定期検診。
今回はエコーの画像を見たDrが、
一刻も早く専門機関で検査しろ、と忠告した。

その時点でおそらく可能性が高いと思ったので、
まずはどこでオペをしてもらうかを決めた。
結局、当初の考え通り、T病院に。

そして検査はその病院を紹介先に持っている
乳腺専門のBクリニックを見つけて
予約を入れた。

検査の前夜はよく眠れなかった。
前年から、公私ともに厳しい事態が続いていて不眠がちではあったが
輪をかけて緊張していたし、
可能性はあると思ってはいても
やはりそうでないことを願っていた。


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by holyqueen | 2007-11-29 12:16 | 病院治療