乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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「まま」であれ。

2007年、告知後4ヶ月目に書いた詩のようなことば。
右胸とさよならする前に踊ることを決め、
スタッフに向けて
こんなコンセプトでやります、という意味合いで書いたもの。

今の自分の姿勢も変わらずにいます。
なのであえてトップに置いておこう、と。

*******

季節は変わりゆく。

ある人にはゆるやかに、
ある人には劇的に。

ーeverything must changeー

変わらないものはない。
川の流れのように。

喪失があり、再生がある。

すべてを流れにまかせてゆく。

「間」は意味深い空隙。

「無」に満たされた時間。

「魂」のあそぶ時間。

あらゆるものは「無」から始まり「無」に還る。

見つめあい、コトバが出ないときも「間」。
うつむいて溜め息をつくときも「間」。

何の役割も引き受けず。

そこにほの見える真実の瞬間。

瞬間=瞬く間

過去も未来もなく。

そして瞬間を踊り、歌い、生きる。


悲しみは転ずると慈しみになる。
怒りは転ずれば感謝となる。
オセロのコマがひっくり返るように。

人の心に届くものは
なんなのだろう?

かずかずの与えられた「意味」を振り捨てて。
あらゆる「嘘」を身からひき剥がし。

なにものにも頼ることなく
なにものにも寄りかかることなく。

「まま」であれ。

強くも弱くもなく
「しなやか」であれ。
流れのままに。

「今」を生きるだけ。

「真実」を生きるだけ。

はだかの子どものように。



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by holyqueen | 2009-12-30 07:26 | カラダとスピリチュアリティ

雨に癒される

先週末、
毎年行っている
山の中でのワークショップをしてきた。

3日間、
森の中にいて
テレビも見ないし、
下界には行かない。

着いた日から
曇ったり時々太陽が顔をのぞかせたりしたものの、
ほとんど雨が降っていた。

会場のホールにいると
蝉の声と雨の音に包まれる。

横になって
その音を身体の中にしみ込ませる。
とりわけ胸のチャクラに
音がしみ込んでいくのがはっきりと感じられる。

過去も未来も考えず、
ただひたすら「今」という身体にいる。

雨が私たちのいる世界を
包み込んでくれている、と感じた。
激しく降っているときでさえ、
その音が心地よい。

こんなに全身で雨を感じたことはなかった。
優しい雨だった。


雨と森に守られながら
静かに声を出してみたり、
樹と会話をしてみたり、
大地や樹や火を踊った。

その土地でできた
とれたての野菜料理を食べて
エネルギーをいただく。
都会で食べるどんなレストランの料理より、
私はここの食事がいちばん好きなのだ。

そしていただいたエネルギーは
声や動きとなって表現され、
また周りに還元されて行く。

身体はエネルギーを通す
ただの筒になる。

自分だけではなく、
自我ではなく、
周囲の自然や環境と影響し合い、
循環し合い、
自分もまた、
あまたのエネルギーのひとつになる至福。

思ったより
体調もよくなかったし、
体力が落ちたのも感じたが、
無理もせず、
できうることをしつくした。


ときおり、
市街を見下ろせる場所に行き、
変わりゆく空を眺めたり、
木の葉のささやきを聴いていたりした。



一昨年、昨年は
病を受け入れていくということがテーマだったが
今年の自分は
受け入れたのちに
何かを手放せたような気もする。


あるセッションの終わりには
皆で空(くう)になった。

何があろうとも
最後には灰になる。

だからこそ、
つらい日も
穏やかな日も
充分に生ききろう、と
皆に向けて
見えないメッセージを送った。


病であってもなくてもね。


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by holyqueen | 2009-08-04 14:25 | カラダとスピリチュアリティ

心地よい疲労感。

週末、
ワークショップをしに関西へ。

初めての場所で、
初めてお会いする方がいる。
回を重ねつつある方もいる。

いずれにしろ、
毎回が初めての体験でもあり、
その日だけの「一期一会」だ。

手がかりになるものは
からだと動きと感覚だけ。
そして感覚を伝えるコトバ。

皆いろいろな日常の片鱗を
カラダの中に携えて来る。

調子がいいときも
悪いときもある。

場がかすかに緊張している。

けれど、
それもありながらの人間であり、
場でもある。

少しずつ動いているうちに
空気が変わって来る。

そこにいる人たちの
身体や顔の表情も変わって来る。

まとわりついていた「殻」や
「重さ」が少しずつ薄くなってゆき、
その人そのままの固有の身体が表れ
そしてエネルギーが
流れ始める。

生きているということは
エネルギーの交流、交感である。

だんだんに、
お互いのエネルギーを感じ、
それが場を作っていく。

そのプロセスに
注意深く立ち会うのが
自分の仕事でもある。

晴の日や雨の日、
辛い日、疲れている日、
いろいろな時がある。

それでも
素材の素晴らしさを活かしてもらうために
さじ加減も毎回変わる。

人それぞれの、
持って生まれた素材を
私はタマシイと呼ぶのだけれど、
それを最大限に生きてもらうためのアレコレや
いろいろな素材が
いろいろな組み合わせで
びっくりするくらい
美しい瞬間や
エネルギーのミキシングを
見せてくれることがある。

それぞれが
それぞれを
生きている。

喜びも、
悩みも、
苦しみも、
生きている証しだ。

そして苦しみは
転ずれば大きな宝になることが
往々にしてあるのだ。


そんな瞬間に
立ち会えることが
本当に嬉しい。


今回も
そんな時間を味合わせていただきました。

この仕事をしていられることが
本当にありがたい。


参加して下さったミナサマに、
感謝。

自分も、
久しぶりに踊りで汗をかき
ダンスってやっぱりすごくいいなあ、
と感じられる時間でした。

いつもは(そして特に昨年は)
この冬のまっただ中が
心身ともに本当に辛かった。

けれど、
こんなふうに変化した自分がいること、
そして幾多の治療を受け止めて
回復してくれた
身体にもあらためて感謝、です。

初期治療中や、
これからオペの方も
今はつらいだろうけれど、
乗り越えたときの
喜びがやってくることを
信じていてほしい。


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by holyqueen | 2009-01-27 01:08 | カラダとスピリチュアリティ
黒沢美香、というダンサー/振付家がいる。

彼女のダンスを初めて見たのは何年前だったろうか。
友人の主宰する劇団の中で
彼女がゲスト出演して踊った。
大宮かどこかのストリップ小屋だった。

ストリップをテーマに
さまざまな小品で構成されたその舞台の中で
一際気高く美しく、
脱がなくとも
ストリップにはもともとこういう威厳があるものなのだ、
ということを感じさせてくれるダンスだった。

それからファンになり、
時々ではあるが見続けている。

昨年、「牛」という作品を見た。

白の、まるで下着のような
肌にぴったりした衣装を身に着けて
(それも、決して美しさを演出するためのものではなく)
動いたり、止まったり。


つま先で立ったり、くるくる回ることがダンスと思っている人には
何だろう?これは?という印象を与えるであろうと思う。

自分が、それまでに見たものよりも
重いムードを持った作品だった。
けれど、これは彼女の「今」を切り取り
編集したものなのだろうと感じた。

彼女はどの舞台でも「媚び」を売らない。
いわゆる「美しい」とされていることを
客に提供しない。
どこか壊れているようでもあり、
(きっとさんざんいろいろなものを壊してきたのだと思う)
けれども真摯だ。

そしてこの作品の中では
もっとナマな、ドキュメント+詩に近いようなものを感じた。

衣装に包まれた彼女の身体は、
ラインがあらわになっている。
ダンサー、という語感から想像されるものとは全く別の、
どこにでもいる中年の肉体のラインであり、
無駄のない筋肉で出来た「特権的肉体」ではない。

「あらわ」にすること。
そして、「さらす」ということ。

それを彼女は選んで見せていると感じた。


ブログを書くようになり、
ふと、自分はここで何をしているのか?
と思うことがある。

もちろんこれを読んでくれた人が
何らか感じたり考えたりする機会になれば嬉しい。
そう思って始めた部分もある。

けれど、
今の自分もどんどん「さらす」方向に進んでいる気がする。
昨年、右胸を切り取る前のダンスを踊ったとき
長年のダンス関係の友人からひとこと、
「さらす方向に行っているね」と言われた。

自分でもそう思う、と答えた。

そして今もその方向に進み続けている。
ブログのトップに置いた詩(ことば)の通り。

その姿勢は
ときにひとに嫌がられる。
自分でもモノゴトやコトバの虚飾ということに敏感になっているし、
オブラートにくるむ、という日本社会の礼儀を忘れることがある。
(もともとの傾向もあるけれど、
そんなものは必要ない、とまで思うことがふえた…
行き過ぎだという自覚も一応はある)

けれども、もともと自分がいたダンスの世界では
さまざまな考え方や感じ方が作品の個性につながるので
そんな姿勢もアタリマエであったりする。
自分としては原点回帰するのかな、という部分もある。

「さらす」ことと「さらされる」ことには
大きな差がある。

この病を告知され、
まずはちっぽけで弱い自分を
自分自身に「さらされた」ように思う。
徹底的に見せつけられた。
そしてそれを見ていこうと決意もした。

「さらす」というコトバには、不要な物質を捨て
純化していくことという意味がある。

今の自分はこのブログも含め、
「さらす」ことを選んでいる。
なぜ、この道を進んでいるかはわからない。

そして、改めて「病はギフトです」というあるDr.のコトバを思う。

アマアマに勘違いされるこのコトバ。

ギフトとは
暴風雨のシャワーを浴びて、
足許もおぼつかなくなり、
自分の身体のどこをよすがにしていいものかも
わからなくなり、
何かをさらされ、何かをさらし、
そのあげくに出てくる
純化された精油の一滴のようなものかもしれない。

アロマオイルを希釈して
マッサージやクラフトなどに使うように、
私もその精油を希釈して
人のために使える日がくるといいな、と思う。



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by holyqueen | 2008-10-14 21:06 | カラダとスピリチュアリティ

手放す、ということ。

TVで松本幸四郎が
「ラ・マンチャの男」についてのエピソードを語っていた。

海外公演でのこと。
台詞はすべて英語での舞台で、60ステージをこなす中、
ある日とても疲れ果てていて
「今日は最後までもたないかもしれない」と思ったという。
なんとかその日の舞台を終えて、
妻に「今日のはひどかっただろう?」と聞いたところ、
「今までで一番よかった」、と答えたという。
娘の松たか子も、その舞台を見て
自分自身、舞台で生きていきたいという気持を持ったとか…。

みなさんはこれをどう考えますか?

多分、松本幸四郎というひとは
とても努力家で、完璧なまでの演技を求めるのではないかと思う。
自分の意識を演技のすみずみまで巡らせて芝居を作ってきたと思う。

本人はそのときを振返って
演技に疲れているのではなく、
ラ・マンチャの男自身が疲れ果てているのだ、と考えるようして臨んだという。
「おそらくそこにはラ・マンチャの男の魂しかなかったと思います」
と語っていた。

完璧にやろう、とする努力はある意味大事な時期もある。
けれど、それを継続していくことは
知らず知らずのうちに大きな負担となるし、
無理なことを自分に強いる、ということになることもある。

ダンスや芝居の稽古でよく経験したけれど、
うまくいかずに何度も何度も稽古して
そのうちヤケクソになったりしながらも
稽古して、
疲れ果ててもう何も考えられないとき、
意識のコントロールが外れるときに
いい動きや演技ができることがある。

自分の意識だけですべてをコントロールしよう、
ということから自由になったとき。
それは自意識を手放すことができる瞬間なのだ。

昨日書いたことの続きになるけれど、
私のやりきった感は手放す、ということに近いのかな、
という気がする。

自分に対してエネルギーを与え、
がんが再発しないために生活を変え、
注意していくのはもちろんのことだけれど、
そのあとは
起こることを受け入れていくこと、
こうありたいというコントロールを手放す、
という感じに近いような気がする。

たぶん、それがソロダンスにも出ていたのだなと思う。

私自身も今までで一番ひどいパフォーマンスと思っていたが、
毎回見てくれていたスタッフからは、ダンスもそうだが
「全体を通していろんなものを手放して強みが出た」
とのお言葉をいただいた。

まさにそれが起こっている瞬間は
自分ですぐには気づかない。
見てくれているひとからの感想など聞いて、
後から分かるものなのですね。

やりきった感があったから手放せたのか、
あきらめることができて手放せたのか。

「あきらめ」とは努力を放棄することではなく
努力だけ、自分だけでは
どうにもならないことを受け入れることなのかもしれない。

ちなみに、
仏教で言う「諦観」とは
「すべてをあきらかにすること」だそうです。


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by holyqueen | 2008-08-19 13:48 | カラダとスピリチュアリティ
8月初旬、毎年行っている合宿。
今年も、いつものように多くの方と
身体感覚や動きのさまざまなセッションをともにしてきた。

私の仕事の本質は
安全な中で参加者の皆さまが安心して
自分自身に向き合うことのできる場を提供することにある。

そして、この合宿は自分自身の「定点観測」の場でもある。
1年に1回なので、
昨年と今年では自分がどう変化しているかがよく分かるのだ。

昨年は告知後であり、
主治医から治療についての提案を受け、
8月中に考えておいてね、と宿題を出されていた時期。
まだまだ混乱も激しく、
とにかく目の前にあるこのイベントを
しっかりと安全に行う、ということが優先順位の一番でもあった。

今年はすべてのオペが終わり、
一段落していた時期。
ただ、回復に時間がかかり、
体力がどのくらい持つものか、それがやや心配でもあった。
準備も思ったようには進まなかった。

けれど、前にも書いたけれど、
「すべてを流れにまかせていこう」と行きの電車でふっと思えた。
着いて、自分のためにエンジェルカードを引く。
ここで売っています)

ドリーン・パーチューや中森じゅあんさんも同じタイトルのカードを出しているが、
私が使ったものはフィンドフォーンで開発されたもの。
以下、説明をちょっぴり引用。
ー72枚に示されたキーワードは物事の本質を表しています。
カードの意味や関連性を熟考するとき、
あなたの精神世界をより理解する手助けとなります。
 エンジェルカードは意識の探究を目的とし
フィンドフォーン・ファウンデーションにおいて開発されました。
内面世界の特定の状況に意識を集中しやすくするためのキーワードが
72枚のカードに書かれています。どの言葉を選んでも意味を深く考えるほど、
その言葉の特性が自分の生活に共鳴していることに気づくでしょう。
目的がはっきりしていればいるほど、
あるいは真剣に取り組めば取り組むほど
カードの選択はより強い意味をもつようになりますー

そして出たカードは「Authenticity」(確かなこと、信頼性、真正)だった。
ぴたりと来た。
私は流れにまかせていくことへの大いなる信頼、
根拠のない信頼感を持つということが今回のテーマだったのだ。
そしてそれは合宿の間中、とても確かな手応えであることを感じていた。
今までのように、
ささいなところにまで気を遣いすぎて迷うことがなくなっていた。
最後に即興ソロも踊ったが、
思わぬ展開になった。
スタッフからも「踊りが変わったね」と言われた。


合宿の終わりに引いたカードでは
「purpose」(目的、動機)が出た。
天使が岩山にピッケルを刺して、
登っている絵が描いてある…

むむ…
神様は次なる山に登れというのか…??
少しは休ませてくれよ…

とその時は思ったのだが。

先週末あたりに、
自分の中に
「やりきったな」という感じがあることに気づいた。
今回のがんに関しては、
自分自身がやるべきことはやりつくしたように感じるのだ。
ある意味、満足である。
もちろん、それは人それぞれで
比較して言っているものでもなんでもない。
ただ、自分の中の感覚だけのことだ。

今はまっしろな感じ。

そして、次に行くのだな。

再発の可能性はもちろんあるが、
そうなったとしてもそのときに考えればいいのだ、と思う。
今は不安がない。

死ぬ瞬間や
死へのプロセスを辿っていくことは
未知のことなので怖いかもしれないが、
死、そのものはあまり恐れなくなった。
身近なことにもなったから。


ところでこのエンジェルカード、
参加の皆様にも、いつも最初と最後に引いていただくのですが
おそろしいくらいぴったりのカードが出ます。
まさに天使からのメッセージそのもの。


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by holyqueen | 2008-08-18 21:31 | カラダとスピリチュアリティ

山でおこもり

明日から
山にこもってきます。

修行?
まあ、自分にとっては似たようなものだが…

里山に囲まれた
とても気持のいいエネルギーの場で
踊ったり、歌ったり、
音楽を聴いたり、
五感を刺激するすべてのことを
取り入れながらの合宿を主催。

今年で10年目にもなる。

昨年は告知後で
アタマの中はすっかり混乱していたが
無事にお役目をこなすことができた。

一昨年から今年の6月までのヤマ場を乗り越えて
自分がどんな風に変わったかが
はっきりと分かるような気がする。

あの場所は、
自分のタマシイの進化を確かめられる
定点観測の地でもある。
そしていつも鍛えられる場でもある。

私たちが自分のチカラだけで生きているのではないこと、
大きなエネルギーに包まれていることを
優しく、時に厳しく教えてくれる場、なのです。

そこで今回は感謝の舞を捧げてきます。

ところで明日は
新月で日食!の日だそうです。

新月は新しきことのスタートで
願い事を書くにも適しているけれど、
そこに日食が重なるのは
すごいことだそう。

モノゴトの終わりと始まり、
節目、
新たなる挑戦やスタートなどの意味があるとか…

ミナサマもぜひ新月に願い事か祈りを!
自分の字で書き出すのが一番いいそう。

今、苦しい状況の方は
それどころではない、と思うかもしれない。
けれど、自分の中にあるほんの小さな光が
本当は大いなるものとつながっていたりするのだ。



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by holyqueen | 2008-07-31 20:17 | カラダとスピリチュアリティ

告知後4ヶ月~bye pie party

術式と入院日の決まった翌日、
パーティーをした。

前から考えていたことであったけれど、
どこかで自分の気持ちに区切りをつけたいのと、
いちど死んでしまいたいような気持ち、
送り出したい気持ち、
そんなものがないまぜになっていた。

友人M嬢と電話で話していて
自分の中で、タイトルを「bye pie party」とシャレできめた。
場所は友人のデザイナーPちゃんのアトリエで、
内々の人たちを呼び
M嬢に歌ってもらい、私が踊るという企画を立てた。
一度だけ、照明その他のチェックをしたくらいで、
いつものように半分は即興で踊ることに。

当日、会場に行くと、
デザイナーPちゃんがサプライズで
今回のコンセプトである私の言葉と、写真入りの
フライヤーとパネルを作っていてくれた。

夜10時頃にスタート。
今回も白の衣装。

踊ってから気づいたこと。
もっと自由に動きたい、
もっと動物のように自由になりたいんだ、ということ。


この日のための、私の言葉は以下のもの。

******

季節は変わりゆく。

ある人にはゆるやかに、
ある人には劇的に。

ーeverything must changeー

変わらないものはない。
川の流れのように。

喪失があり、再生がある。

すべてを流れにまかせてゆく。

「間」は意味深い空隙。

「無」に満たされた時間。

「魂」のあそぶ時間。

あらゆるものは「無」から始まり「無」に還る。

見つめあい、コトバが出ないときも「間」。
うつむいて溜め息をつくときも「間」。

何の役割も引き受けず。

そこにほの見える真実の瞬間。

瞬間=瞬く間

過去も未来もなく。

そして瞬間を踊り、歌い、生きる。


悲しみは転ずると慈しみになる。
怒りは転ずれば感謝となる。
オセロのコマがひっくり返るように。

人の心に届くものは
なんなのだろう?

かずかずの与えられた「意味」を振り捨てて。
あらゆる「嘘」を身からひき剥がし。

なにものにも頼ることなく
なにものにも寄りかかることなく。

「まま」であれ。

強くも弱くもなく
「しなやか」であれ。
流れのままに。

「今」を生きるだけ。

「真実」を生きるだけ。

はだかの子どものように。

********

この日は久しぶりの朝帰り。

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-02-19 22:31 | 告知から手術まで


再建についてどうするかは
経験者の意見を聞いてみたほうがいいから、と
主治医がいくつか自助グループを教えてくれ、
最終的にはあなたが納得のいくようにするのが一番、と言ってくれた。
8月の最初に診察があり、次は9月となった。

8月は毎年自分が主催している合宿に加え、
他の合宿のゲスト講師としても呼ばれていた。

いつもなら綿密にスタッフとミーティングを重ねてから臨むのが
常であったけれど、
今年は今までの経験値でそこまでしなくても大丈夫、
という意見があったのと
自分自身、頭も身体も切れが悪く今までのようには動けなかった。

8月初めには裏主治医が身体の反応に「怒り」が出ている、
と指摘したことがあった。
直前に見た夢の中でも怒っていたし、
現実でも思い当たる節は大ありだったので(笑)その話をしたが、
内在化されているものを表に出す、ということは
今の自分に必要なことの一つだと思っていたので
ちゃんとなるようになっているんだな、と思えた。

自分主催の合宿を迎え、
現場に入ってからもなんだか頭が空白になるようなときもあり
集中できない感じがあった。
けれど後日久しぶりに参加してくれた方の感想に
以前に比べ大分肩の力が抜けたとの意見もあり、
今までの自分が「責任」という意識のもとに
過剰に動いてきたな、ということも後から感じた。

最後のセッションは皆で今回の「旅」が
自分にとってどんなものであったかをシェアし、
「祈り」を踊った。

山の中で行っているので、
毎年天候も変わるが、
最後のセッションだけは
必ずきれいに晴れ渡り、
ドーム状のホールの中に光が降り注ぐ。
その中で人々が踊っている光景は、
例えようもなく美しい。
極楽というのはこういうものではないかと毎年思うくらいに。

今生きていること自体が「恩寵」のようなものだとよくわかる。
何もなくとも。いや、何もないから。
いや、病気と病気にまつわるさまざまな感情や変化を、
いちいち丁寧に体験しているから。

最後に即興でソロを踊った。
この日のために、久しぶりに白の衣装を作った。
即興で踊る時、
自分の中がからっぽになる感じがある。
見ている人の中には涙を流している人もいる。
なぜかは分からないけれど、
私の身体という媒体を通して
何かを見ているのだろう。

私自身は、何も考えずからっぽのまま踊るとき
自我が消え、表現したいという欲求もなく、
「大いなる何か」と交信しているような状態になる。

「身体は魂の器」だから。

ソロの後、
自分のために引いたエンジェルカードには「統合」の文字があった。


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by holyqueen | 2008-02-19 22:28 | 告知から手術まで

告知後3ヶ月目〜その1

がんであると診断され、
それまでの生活をドラスティックに変えることで
がんが消失した、というケースをいろいろ読んだことがある。
たとえば仕事を辞めて、好きなところに旅行に行くとか。

私の場合は何をどう変えればいいのか…と考えた。
即興スタイルのダンスに出会い、
その師匠が精神科で行っていた
ダンスセラピーのセッションを初めて見学に行った時
これだ!と思った。
好きなことを仕事にしたい、
そう思ってやってきた。

けれど、思い起こすと、かなり無理をして仕事をしていた時期もあった。
だが、自分の仕事は自分に喜びを与えてくれるものでもある。
じゃあ自分はこれからどうしたらいいのだろう…
と混乱の中で考えていた。

そんなときに、ふと浮かんできたこと。

誰が何と言おうとも
何も返ってこなくとも
空しさを感じようとも
孤独であろうとも
やはり
私は与え続けることを決意する。
そのための生。

与えることが喜びでなくなればやめる。
喜びである以上は、続ける。

自分を削ることもなく、
自分の喜びを失うことなく。

そして苦しみを与えられた分だけ
成長を促されていると感じる。
気づきを与えられていると感じる。
楽しいことは大事だけれど、
楽しいだけでなく
それが歓びであることを
兼ね備えたことが好きだ。

楽しめなくなったら
それはやめ時だな、と。


ソロ衣装のイメージについて話していて
巫女だったり女神だったり、ということを伝えたら
衣装デザイナーさんにその方向で行くことを決めたんですね、と言われた。
そのほうがこちらも作りやすいです=、と。

自分は魔女だし(笑)
今のアタマの妄想だけの一部のスピリチュアルブームにもうんざりしているので
そういうイメージには抵抗があったのだが、
今回はそんなことは言っていられない、という気分だったのだと思う。


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by holyqueen | 2008-02-19 21:23 | 告知から手術まで