乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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ここ
からの続きです。

と、↑に書いたようなことが
自分の体験であった。

この1ヶ月は
自分のアンテナが立っていれば
本やテレビや、何気ないコトバや風景からも
ちゃんとメッセージが届くことを体験し続けてきたが、
今回の体験は
その集大成のようなものなのかと思う。

こういう流れになるとは
もちろん自分でも予想だにしていなかった。
だが、
死はすでに自分にとって
リアリティの強いものになっているので
「死」を象徴的に体験できたことに
大きな安らぎを感じた。

自分の人生にベストを尽くして
誰を恨むこともなく
死ねるならば、
それはやはりまっとうした、
という満足につながるのだな、と。

この2年、
父の死や病のプロセスをとにかく
しっかりと受け取って行こうとしてきたことが
(かなり辛いことではあったけれど)
自分の中の深いところをも
こんなふうに変化させてきたのだな、と思えた。

ワークの中で
『自由である』、と身体で感じたられたときには
ああ、この感覚をいつでもまた思い出せばいいのだ、
と思った。


毎日を生きて行くことは
今までと変わらない。

でも、決定的に違うのは
その姿勢、のようなもの。
感覚と言ってもいいかもしれない。

些細な、微細なことも
そのままに受け取れるようになった。
余分な思い入れも減った。

エゴやマインドの入る隙間が
以前よりも小さくなっている感じ。

オペ後から漠然と感じていた
世界に対する違和感が
これではっきりしたように思う。
見た目は変わらなくても
自分の感じ方や中身が、明らかに変化したのだ。


ワークの後には
ふうっ、一仕事終えたぜ…という達成感と
心地よい疲労感があった。


これは自分にとっての
「臨死体験」のようなものだったのだろう。


…このシリーズは以上で完了です。
長々おつきあいいただいた方にはありがとうございました。

ブログは続くよ(笑)

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-12-04 22:25 | カラダとスピリチュアリティ
ここからの続きです。

当日、自分のテーマは
自分の中にある罪悪感にしようかな、と決めて
ペアの相手に(今回は彼女がシッターとなる)話し、

横になり、ゆっくり呼吸をし、
体全体を意識する。

以下は自分の身体感覚、ビジュアライズされたイメージの体験です。
こうしようと思ってするものでもなく、
流れにまかせていて出てきたもの。

********

…足首に、何かが巻付いているような
いつもと違う感じ。

手のようなもの。
黒っぽいが嫌な感じではない。
誰かが、もう少し待て、と引き止めているような感じもする。
じっとそれを感じていると、
足の裏から強くエネルギーが出てきた感じ。
足の裏にスリットができ、
そこから噴き出している。
なんだか鉄腕アトムのようで、
これは「飛ぶ」ためのものかな、とふと思う。
足裏の下に、円く白いエネルギーボールができている。
足首に巻付いているものも、
ギリシャ時代のようなサンダルを履いていて、
その革ひものような感じに変わっている。

気づくと、手のひらの内側にもエネルギーボール。
誰かにこれを分かち合いたい気持ちになり、
シッターに正面から受けてもらう。
1回目、ベールをかぶせるような感じ。
2、3回目。手のひらの状態が変わり、
きらきらした星屑のようなエネルギーに変わる。
彼女はそれを見事に言い当ててくれる…!
そして「とてもいいエネルギーをもらった感じがする」と言ってくれる。
(以前よりエネルギーが強くなっているのを自分でも感じたけれど、
シッターさんが言い当てたのにもビックリ)

手のひらと足の裏から出ているエネルギーは、
胸の辺りでxのカタチにクロスしていて
それが手足それぞれから流れ出ていることを感じる。
そしてそれはぐんぐん外にまで伸びて行っている。
『ああ、私はとても自由なんだ!』と思う。
自分の中に何があろうと、
こだわらずにこのエネルギーを生きればいい、とふと思う。
すべてがそれでOKなのだ、と感じる。
(このクロスのカタチは以前、江ノ島で雲の写真を撮ったときにも
出てきたもの。以前のブログにアップしています)

しばらくすると
身体が軽くなってきて
浮いている感じがある。
目の前に雲が見える。
空に浮いているらしい。
しばらく雲と空を眺める。
穏やかな空。
どうなるのかな、と思っていると
宇宙が見える。
宇宙の中に浮かんでいるらしい。
藍色の空間の中にたくさんの星が見える。
とてもきれい…!

そして、はるか下方に地球があり、(本当に美しい星でした)
そこから3本のくっきりとした白い光が放射状に伸びていて
私の背骨の3カ所に入っているのが分かる。
(放射状であること、3本ということに何か意味があるように感じる)

ああ、私は地球からエネルギーをもらっているんだな…と思う。
すると大地のことが思い起こされ、
目の前にアフリカのような、赤い土の、地平線の見える土地が見える。
自分が大地のエネルギーになる。

そして声を出したくなり、声を出す。
何度も。いろいろな声を出してみる。
出す声により、身体に響く場所が変わる。
そしての響きそのものが身体への「癒し」であることをリアルに感じる。
(ワークをしていて声を出したくなったのは初めて)
シッターがどんなイメージで声を出しているの?と聞いてくる。
大地の声、と答えると
彼女が「アフリカみたい」と、またシンクロ。

それが終わると何も出てこない。
「無」になった、と感じる。
「無」の状態を味わう。
からっぽで、とても気持がいい。
そこにいるだけ、である。
シッターもそれを一緒に味わっていた。

しばらくそれを味わっていたら
なんだか手足が重くなってきて
「老衰かなにかでもう動けないおばあさん」のようだと感じる。

手足がだるい。重い。ぴくりとも動かせない。

シッターに頼んで、チョコレートを小さく割って食べさせてもらう。
どこももう動かないが、最低限、口に入れることができる。
チョコが口腔の温度で溶けて行き、食道を流れて行くのを感じる。
二つ食べる。それでもう欲しくなくなった。
途中に感じていた空腹感はもうない。呼吸も浅い。
(ふだんは誰よりも呼吸が深い自分です)

手足がだるいので、シッターにお願いして
身体のいろいろなところ、そして
手のひらなど、
好きにさすったり撫でたりしてもらう。
手つきはおぼつかない感じだが、
一生懸命してくれているのを身体で感じる。
(父も抗がん剤をかけていた時期は、
これのもっとひどい状態だったな、と思う。
身の置き所のないだるさ、苦しさ。
そして行くたびに私は身体をさすり、
それで父がやっとすやすや寝入ることも多かった。
夜、父は一人でいると眠れないことが
しばしばあったらしい。
おそらく死への恐怖が強かったのだと思う)

シッターに体位を変換してもらう。
横向きにしてもらい、そのままそれをじっと味わう。
何の感情も起こらず、その身体を味わう。
(高齢者が寝付いたりしていると無表情になっていることがあるが
実は自分の身体や近づきつつあることを感じているのでは、とこのとき思う)

自分で仰臥位に戻る。

「もうそろそろ死ぬので最期にお水を飲ませて下さい」とシッターに頼む。
少し動揺した気配が感じられる。
が、水をとりに行ってくれ、「どうしたらいいですか?」と言うので
「アタマと上半身を起こして下さい」と指示して、
紙コップの水を飲ませてもらう。2回。

そして
「もう死にます。最期のお別れをしてくれる?」
とお願いして死ぬ。

シッターは、私の身体に触れたりしていたが、腰の辺りに抱きつき
ずっと洟を啜っている。悲しみのエネルギーが伝わってくるが、
ああ、ちゃんとお別れをしてくれているんだ、と少し嬉しい気持になる。

そこで思わず声が出て笑ってしまう。
おそらく、え?と思ったであろうシッターに
「あのね、死んだらとても楽なの!」と伝える。

そして「柩に入れて下さい」と伝える。
手も組ませてくれ、足先もそろえてくれる。
あるべきカタチになった、という感覚がある。
「お花を入れて下さい」と頼む。
「白い薔薇、チューリップ。」などと言いながら、
彼女がお花をたくさん入れてくれる。
自分の周りをお花で飾ってもらうのは嬉しいものだなあ、と感じる。
(入れる側の時は悲しみに暮れているだけだけど、
入れてもらう側の体験が新鮮!)

柩のふたを閉じてもらい
そして焼かれる。
ふたの裏を走る火が見える。そこで途切れ、
また無になり、灰になっている。

ほどなくして、灰の中から、新しい自分が動き出す。
わずかに身体が動いて行く。
手の先や、足先が動いて行く。
全身に動きが広がり、
うつぶせにまるい姿勢になる。
背中がぶるぶるっと動き出す。肩甲骨の辺りがもぞもぞし、
腕が動いて行く。
翼のように。
そし背中が立ち上がり、翼が開かれて行く。
(あとからシッターさんが『とても大きな翼でしたね。きれいな動きでした』と言ってくれる)


以上でした…


終わって、シッターと話す。

彼女のご家族が亡くなったとき、
彼女はまだ自分のことで精一杯の年齢で、
ご家族のケアを充分にすることができなかった、
そしてそれを後悔していたので
今回それができたような感じがしたということと、
「死ぬと楽」という言葉を聞いて
とても気が楽になった、と涙ながらに伝えてくれた。

また、シッター役がうまくできるか不安だったので、
出かけるときに「後ろの人(ガイド)に一生懸命お祈りしてきました」
と言ってくれたのを聞き、
嬉しい気持になる。

途中から、自分のためだけでなく、
彼女も巻き込むワークになるな、という気がしていたが
象徴的な死がこんなふうに彼女の中とつながっていたのか、と思う。
そして私の感覚に非常にシンクロしていたのを感じていた。
とても感応力の強い女性だった。

帰る準備をしていたとき、
隣のチームの女性が
「これ、落としていませんか?」とカード2枚を手渡してくれる。
持参していたエンジェルカードだった。
しまうときにこぼれたらしい。

ありがとう、と受け取ると
「光」と「恩寵」のカードだった。

カードの解説:
「光」  あらゆる生命の本質は光です。暗闇を明るく輝かせる力はあなたの中に、
いつも、いつまでも。

「恩寵」  現実は恩寵です。感謝して受け入れ、嬉々として関われば
見事な計らいとなって現われ続けるでしょう。

…まさに今回の「ギフト」だったのだな、と思う。
そしておそらく、がんという病を得て、
それに取り組んできたことへの。


その4に続く。

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by holyqueen | 2008-11-27 19:43 | カラダとスピリチュアリティ
さて、ここからの続きです。

ワークの流れについては↑に書いたけれど、
これをやろうとするとなかなかむずかしい、
というひともいる。

というのは
多くの方が「思考」に傾いており、
「感情」や「感覚」に意識的に生きていないことが多いからである。

自分の感情くらい分かるよ、と思われるだろうが
人にもよるが、
感情(特に怒りと悲しみ)は実は抑圧されることが多い。
我慢強かったり、
責任感が強かったり、
人の評価を気にしていたり、
まじめと言われる場合はその傾向があるように思う。

ましてや「感覚」となると
本当に鈍くなっていることが多い。
常にハイパー・テンションである人や、
男性は(女性より)その傾向が強いように思う。

なので、こういうワークが
はじめてだったりするとこれがなかなかむずかしいわけです。

でもそれは当然で、
あるとき、自分のやっているワークショップに来た方が
「ふたが開いてしまいそうでこわい」と言ったことがあった。

「感じる」、ということは
自分自身の抑圧に気づく、ということにもつながるからだ。

けれど、気づくことからすべては始まる。

自分の中にあるものに気づき、
それを「赦す」、というのが
今回のワークショップのテーマだった。

ペアになり、
片方が今何が(誰が)赦せないか、ということを話し、
それを相手役が聞く。
相手役は相手の言うことに意見をしたり、
批判を加えたりしない。
ただ受け止める。
そして、ワークに入ってからは
相手に寄り添い、見守る役割になる。
それを1日目、2日目で交互に行う。

初日はペアになった方のワークで、
自分は見守り役となった。

最終的にはとてもいい結末で終わり、
お互いに信頼感ができた感じがあった。

が、一日集中して行うので
終わるとぐったり疲れる。

翌日は、自分のワークだったが、
「赦す」「手放す」というのは
一昨年、父ががんになってから、
そして自分も病を得てからの大きなテーマであり、
それをこの2年、ずっとやってきたので
もうほぼ終わったようにも感じていて
正直なところ、
どんなことをフックにすべきか
よく分からなかったが。
まあ出たとこ勝負にまかせよう、と決めた。

…その3に続く。

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-11-21 23:06 | カラダとスピリチュアリティ
先日、
とあるワークショップに参加してきました。

ワークショップというのは
元々は「体験学習」という意味。

私の経験してきた
演劇、ダンス、セラピーなどの分野では
とても一般的になっている。

参加したのは、
ボディサイコセラピーをベースとしたもの。

ちょいと説明するとです。

自分の仕事もそうなのだが、
カラダは自分の表の意識以上に
いろいろなことを既に分かっている。

たとえば、
ちょっと苦手な人に会うと
ココロでは
「この人は上司だから」とか
「角を立てたらいけないからうまくやろう」とか
いろいろな理由をつけて
その人との時間をやり過ごそうとしたり。
相手の機嫌を取ったりもする。
けれど、
その時間を終えてみると
ものすごく肩が凝っていたり、
疲れを感じたり、
という体験は誰にでもあるわけです。

それをやり過ごしたからといって
その人といる時間は苦痛であったり、
苦手であることは変わらない。

では「なぜ」その人がニガテなのかなあ、
と考えるとき、
とても有効な手段が
「からだに聞く」ということなのです。
(ものすごく簡略化していますが)

なくて七癖ということわざがあるが、
本当に人にはいろいろな反応があるもので、
それに自分自身気づいていない人も多い。

気づかずに
無意識的に出る
カラダの反応に意識を向けてみる。
たとえば、
誰かのことを思い出しただけで
胃がムカムカしてくるとか、
アタマが痛くなるとか、
反応している場所に
意識を向けてみる。

そしてどんな感じがするかを
感覚的に感じてみる。

アタマがかーっと熱くなって
溶岩が燃えさかっているように感じる場合もあるし、
胃の中に何か異物が入っているように感じるかもしれない。

そうしたら
そこにあるもの(溶岩やら、異物やら)と「対話」をしてみる。

つまり、
アタマで考えて答えを出そう、と努力してみることとは
正反対で、
カラダはこういう症状を訴えているから
ちゃんとそこに耳を傾けてみようよ、
アタマでコントロールしないでさ、
という手法なわけです。

…というのが、
先日受けたワークショップでの
ワーク内容の大まかな流れなのです。
(かなり大ざっぱですが)

自分もセラピストであるので、
こういうワークショップは
何度も体験してきたし、
自分ひとりで行うワークも
去年はかなりの頻度で行ってきた。
がんという病を得て、
日々大きく揺れ動いていたこともあったが、
この病を得たことで
学ぶべき何かが
沢山あるとどこかで感じていたのかもしれない。


今回は、
そのワークショップのお知らせをいただき、
ろくに内容も読まないうちに(笑)
すぐに申込んだ。

でも、こういう直感は
とても信用しているので
いつものようにでかけていきました。

…その2に続く。

☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2008-11-20 23:43 | カラダとスピリチュアリティ