乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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はじめてのかたへ♪

こんにちは。
訪れていただいてありがとうございます。
がんを告知されて間もない方、
検査でひっかかって結果待ちの方、
手術はすんだけれど再建や再発の不安を抱えていたり
今後の生活にも不安があったりするかと思います。
そしてご家族や大切なひとがこの病気になってしまった方も。
不安でいっぱいなこととお察しします。

私も乳がん患者で、現在進行形で治療を続けています。
(付記:2010年10月でゾラデックス終了。5年の服薬は自己責任で中断しました)

この日記では、
乳がん告知から入院、手術、治療、そして再建など
治療の経過だけではなく
カラダとココロ、そしてタマシイがどんなプロセスを辿っていくのかを
ていねいに記述していくつもりです。

ブログの性質上、
最新の書き込みがトップに来てしまうのですが
一番最初のページから
なるべく時系列で、
起きたことの流れに沿って書くようにしております。

私の体験を読んでいただくことで
今後を考える手助けになったり
何かシェアできることがあったり、
少しでも気分が楽になることがあれば
この上もないヨロコビでございます。
メッセージも歓迎です。
それから病気でない方も
周りの病気の方への理解のヒントになればと思います。

私の仕事はセラピストで、長く精神科臨床の場での仕事をしています。
今は病院でサポートを受ける側にもなり、
治療者側/患者側の両方の立場を体験することで
改めて感じることや気づくことががたくさんあります。

医療関係者、看護者、臨床心理学やサイコオンコロジーを学んでいる方などにも
読んでいただけるといいなと思います。


この病を得て(この日本語の言い回しが好きです)
私は死と再生のプロセスを歩んでいます。

病をきっかけに死ぬということ、生きるということを見つめ
死と生を考える上では「魂」というものを抜きにすることができない、
ということにも改めて気づきました。

古い細胞が毎日死んでいくように、
私の中のもう役目を終えたものや
古いものが生まれ変わるチャンスなのだと思っています。

あるDrが「病とはギフトです」とおっしゃっていました。

そしてそれを友人に話すと
「ありがたいものだけれど嬉しいものではないよね」と一言。

確かにその通り。
いただいた瞬間に驚くのは一緒だけれど(笑)
嬉しかったり、楽しかったりするものではないし、
すてきなラッピングもないし、
いい匂いもしないのです。

私にとってどんなギフトとなるのか。
それはまだわかりません。

けれど、
この病は私の身体の中に発生したもの。
病を敵として闘う、という発想ではなく
病からどのように学べるか。
それをどのように生きるかで見えてくることがあると思っています。
けっして楽ではありませんが、
今はそんな旅の最中です。
死と生が同じ価値を持って存在しています。

どんなきっかけで、
どんなギフトになるのかは
それぞれ、人によって違うのでしょうね…!!

みなさまも、よい旅をなさいますように。

魔女より♪

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by holyqueen | 2012-12-31 17:35 | プロフィール
☆07年4月  
健康診断で エコーにて右乳房に影のあることを指摘される。
乳腺外科専門クリニックで、マンモ、エコー、組織生検ののち、
悪性であることを告知される。

(その2年前にも健診時にエコー映像より要検査を言い渡され、
某区立の健診センターでマンモとエコーを受診。
が、「膿胞」だと思うので、半年ごとに経過観察しましょうと言われる。
その際には生検は行わなかった。
半年後、同様の診断。
その後は父が肺がんになり、母の介護もあり、検診に行かれず。)


☆07年5月    
T病院受診。
マンモ、エコー検査。
「このタイプはやっかいだが進行が遅いものなので焦らなくてもよい」
と主治医に言われる。
以後、月1〜2回受診。

不安感から健康食品などにも意識が向く。
ジェイソンウィンターズティー、プロポリス等購入してみる。
食事も野菜と雑穀中心にしてみる。
代替療法で何とかならないものかと心のどこかで思っていた。

☆07年6月
代替医療として鍼灸院に通い始める。
治療は鍼のみではなく、その時の状態に応じて施術してくれる。
そこから紹介された東洋医学の神之木クリニックで波動測定。

告知以後も仕事は今まで通りに続ける。
生活面では精神的な不安定さ、疲れやすさを感じるようになる。
集中力の低下、考えのまとまらなさ、頭の回転の遅さなどが顕著。

CTの結果、リンパ節に影が見えると主治医に言われる。

☆07年7月
主治医の紹介により他施設でMRI撮影。
Hレディースクリニック受診。
主治医とH医師の診断により、リンパ節への転移なしを確認。
しかし浸潤性であるため、小さながん組織が全体に広がっている可能性もあるので
全摘をすすめられる。
オペは10月末に決定。
(既にそこまでの主治医のスケジュールは
びっしりという状態だった)
形成のDr.から全摘、同時再建の説明受ける。
横浜Sクリニックに脂肪幹細胞を使用した術式の説明を聞きにいく。

仕事は忙しさのピーク。
暑さ、忙しさ、心身の疲れの中で思考力がまとまらないままに
自分自身でどの道を進むかを判断しなければならない時期であった。

☆07年10月  
20日入院、22日手術、全身麻酔。およそ7時間ほどかかる。
30日退院。計12日間入院生活。

右乳房全摘、センチネル生検、
同時再建の手始めでティッシュ・エキスパンダー挿入
挿入時は350ccの生理食塩水入り。
通常のケースより大胸筋が発達していたため、
大胸筋剥離による痛みが激しい。
術後3日ほどはほとんど動けず、
5日はベッド上での体位変換も、腰と患部の痛みにより
かなり難しかった。

◆ 診断名< 浸潤性乳管がん grade2 >

このタイプは乳腺全体に広がり、
しこりなどの自覚症状が少なく、マンモで見つかりやすい。
自覚症状のないまま、マンモで発見され、
全摘という結果になるケースが多いとのこと。


☆07年11月 
病理検査の結果、今のところ転移はなし。
ホルモン療法開始。
月1回の注射(ゾラデックス3,6mg)と
内服薬(ノルバデックス20mg)

1週間おきにエキスパンダーに50ccずつ生食を追加。
最終的に500ccまで注入。
術後1ヶ月ほどで、やっと患部側を下にして横臥できるようになる。


☆07年12月 
不眠、抑うつ症状出現のため
(Dr.によると出現が意外に早かったとのこと。
注射の影響が大きいとのこと)
ツムラ25番ケイシブクリョウガン  
睡眠導入剤 ハルシオン0,25mg→ドラール に変更
抗不安剤 メイラックスを追加。
  
          
☆08年1月  
再度の抑うつ症状。
ほか、目のかすみ、
記憶力の低下が顕著。

☆08年2月
節分の頃から抑うつ症状は軽快。
東洋医学クリニックにてツムラ106番温経湯を処方してもらう。
身体的な疲れを感じることが多い。
入院が近づくにつれ、就寝時間が遅くなる。

☆08年3月 
2次再建のため、3/3入院、3/4オペ。  コヒーシブタイプのシリコン挿入。
3/5退院。
術後翌々日には患側を下にして寝ることもできた。

※4/23~5/14までNY滞在。
記銘力の低下、頭重感、反射的にコトバが出ないなどの症状があった。
時折抑うつ感の出現もあったがなんとかやり過ごせる。

☆08年5月
再び抑うつ感出現、診察時に主治医に伝える。
ツムラ24番加味逍遥散を処方される。

☆08年6月
3次再建のため、6/2入院、6/3、4時間のオペ。
健側の乳房縮小及び患側の一部形成。
6/6退院。
思ったよりも予後が悪く、気力、体力の低下が顕著。
回復を感じるまでにほぼ1ヶ月かかった。

☆08年7月

ツムラ、23番、24番を出してもらう。
抑うつ感、頭重感にはかなりの改善あり。
仕事も忙しくなってきたので
そのせいも大きいかと思うが、
抑うつ感がかなり軽快した。
記銘力の低下はまだあるものの、
反射的にコトバが出なくなることは大分減る。

形成の診察は今まで基本月1回であったが、
以後は3ヶ月後となる。

☆08年8月

毎年の大きなイベントを終え、一息。
すべてが一段落して
新しい展開になっていく予感がする。
再発について考え始める。
後半、自分の深いところでの変化についてはっきりと感じる。
それに対応してなのか、
様々な場や人との間に齟齬や問題が出現。
初めて病院の患者サロンに参加。

☆08年9月

先月よりシンクロニシティが続くこと多し。
仕事は通常通りにこなせるが
精神的、身体的には不調多い。
早朝覚醒、中途覚醒などあり。
時々吐き気の出現。

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by holyqueen | 2012-12-30 01:32 | 病院治療

術後丸3年経過。

3年前の一昨日、
右乳房の全摘と同時再建をした。

3年前の今頃は、
筋膜剥離の耐えがたい痛みと
絶対安静臥床で体位変換もできず、
おまけに水を飲むことも禁じられていて
本当に苦しかったことを思い出す。


なんだか、とても遠い昔のようにも思える。
それだけ今の自分が回復して来たからなのだと思う。

昨年11月で、
2年続けたゾラデックスも終わり
(5年服用と言われたノルバテックスはあまりの辛さに中断。
もちろん主治医の了解をとってのことですが)
1年は残るよ、と言われたホルモン療法の副作用も
あまり感じなくなってきたかな…?

今年は春に引っ越しをして、
疲れも片付けもあったのだが
圧倒的に家で過す時間が増えた。

外の緑を眺め、
鳥のさえずりや木々のざわめきを聞いているだけで
何もしないでいても満たされた。

というより、
本当に満たされるというのは
何かをしているからではないんだなあ。
何もしていないことで満たされるという日々を
初めて(継続的に)体感した。

こんなに何もしていなくていいのか?
という不安や焦りももちろんあるにはあったが、
それすらもどこかに行ってしまうほどの
からっぽでいて、満たされた時間。

そんなことは生まれて初めてだった。

夏も暑すぎてアタマが働かない方が多かったけれど、
春の時間とはまったく違うものだった。

父の末期がんの看取り、実家の解体と売却、
そして自分のがんと、
この4年は
精神的にも身体的にも
大きな変化と負担が続けざまにあったので、
こんなふうに空っぽの時間があってもいいのだ、
とどこかで思ってもいた。

術後の1〜2年は
仕事をしつつも
体力、気力、再発や将来の不安などが
いちばん大きい時期なのでは?と思う。

特に心身の不調はいわれのない不安を呼ぶ。

周りを見渡せば後れを取ってしまった、という思いもよぎる。

けれど、それもありつつの自分を養う時間、という感じがする。
いいことばかりではなくて。


術後の方がいろいろな意味でつらく、
心身も過敏になっていたなあ。

あらためて、
この辛さを引き受けてくれ、
生き延びてくれた身体に感謝。

これからも
いじいじしたり
悩んだり
たくさんしていくけれど(笑)
それでも、
旅立つときまで
しっかりと自分の人生を生き切りたい。

今後の目標のひとつは、
死の前に如何に死を受け入れるか、
ということです。


死は卒業のようなもので、
すべての終わりではないと思っているから。


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by holyqueen | 2010-10-24 01:34 | 術後の心身の変化

働き方は生き方、かな。

ちょっと忙しくなり、
ひさしぶりの日記です。

わたしの仕事は自由業のようなものなので
フルタイムではないけれど、
ひとりでやっていることゆえ
やらねばならぬことが同時期にかたまったりすると
そのときはめちゃくちゃ忙しくもなる。

また、仕事柄ゆえ、
心身のバランスを崩されている方にも
多くお会いする。

病を経過して、
自分自身の仕事の仕方を振返ることは
大きな課題のひとつでもあった。

先日、以前勤めていた
野戦病院のようなクりニックでの
(命に関わるような危機的な状況で生きて来た方が多かったので…)
同僚と久しぶりに会った。

ひとりは慢性疾患を抱えていて、
完治も見えず、服薬は一生続く。
また、更年期でもあるので
ホットフラッシュや中途覚醒、動悸などの症状があると話してくれた。
体調もあまりよくはないし、そうすると不安になるのよね、と。
(中途覚醒と動悸に関してはツムラの16番で非常に改善されたそうです)

そんなこんなで、
ちっとも完璧でも健康でもない私たちだが、
患者さんの持ってくる重いものは
やっぱり身体にも影響出るよね、
とか言いながら
この仕事をやめる気持がないのも
暗黙の了解だった。

もう、率先して野戦病院で勤務するつもりもないし、
そんなふうに仕事をしたら
自分の身体への影響が大きいのも分かっている。

ましてや競争原理、経済原理の中に
巻き込まれて生きることもできないし、しない。
(そしてそれは今の社会では
落伍者と見られるのだろうけれど、
それもどうでもいいことと思っている)

共通の友人で
自死してしまった同僚の思い出話をしつつ、
とにかくいつどのように死のうが
生きることを全うしないといけないよね、
と話した。

今ここを生きること。
自分自身の身体で感じることを
できる限りキャッチすること。
アタマの論理で自分をねじふせないこと。
社会の(組織や会社も含め)流れは経済と共に変化するものだから
それに流されないよう、
自分の感覚を失わないこと。
何だかおかしいな、と感じることを忘れないこと。

などをベースにやっていくんだよなあ、
とあらためて思った。

今までの付き合いの中で
独身で仕事をバリバリこなしている
キャリア系の友人も多いし、
出産して以来長い間専業主婦という友人もいるけれど、
正直なところ、
どちらのリアリティも
今のわたしには遠い感じがしていて
久しぶりの同僚とのひとときは
さまざまなことを考えさせてくれ、
自分を見直す時間となった。
それは、病とつきあいつつ
仕事を続けているひとだからこそ
できた話だったとも思う。

おそらく、
死ぬまで働く。
というより働けるだけ働くつもりでいる。
わたしの仕事が誰かの援助になるならば、
それは無上の喜びでもある。

根を詰めるとか、無理を重ねたりとか、
自分を追い込まずに
広い意味での「豊かさ」や「知恵」や「喜び」を
自分にも周りのひとにも
もたらしてくれるひとつの方法として、
これからも続けて行くんだ、と。


そしてこういう病を経過して得たことが
(今も健康状態への不安はあるけれど、それでも)
自分の仕事に広さと深みをもたらしてくれますように、
とあらためて思います。


いろいろなことや、いろいろなひとを思い起こしながら
苦しくても、生きるということは
やっぱりすごいことなんだなとしみじみ思った。


生きることを全うしましょう、みなさま。



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by holyqueen | 2010-04-17 17:38 | 予後と仕事のバランス

「まま」であれ。

2007年、告知後4ヶ月目に書いた詩のようなことば。
右胸とさよならする前に踊ることを決め、
スタッフに向けて
こんなコンセプトでやります、という意味合いで書いたもの。

今の自分の姿勢も変わらずにいます。
なのであえてトップに置いておこう、と。

*******

季節は変わりゆく。

ある人にはゆるやかに、
ある人には劇的に。

ーeverything must changeー

変わらないものはない。
川の流れのように。

喪失があり、再生がある。

すべてを流れにまかせてゆく。

「間」は意味深い空隙。

「無」に満たされた時間。

「魂」のあそぶ時間。

あらゆるものは「無」から始まり「無」に還る。

見つめあい、コトバが出ないときも「間」。
うつむいて溜め息をつくときも「間」。

何の役割も引き受けず。

そこにほの見える真実の瞬間。

瞬間=瞬く間

過去も未来もなく。

そして瞬間を踊り、歌い、生きる。


悲しみは転ずると慈しみになる。
怒りは転ずれば感謝となる。
オセロのコマがひっくり返るように。

人の心に届くものは
なんなのだろう?

かずかずの与えられた「意味」を振り捨てて。
あらゆる「嘘」を身からひき剥がし。

なにものにも頼ることなく
なにものにも寄りかかることなく。

「まま」であれ。

強くも弱くもなく
「しなやか」であれ。
流れのままに。

「今」を生きるだけ。

「真実」を生きるだけ。

はだかの子どものように。



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by holyqueen | 2009-12-30 07:26 | カラダとスピリチュアリティ

ゆったりと昼ごはん。

師走ですね。

毎年のことながら、
この季節は世間のスピードがさらに加速されているようで
なんとなく心地が悪い。

病を得てから
仕事のしかた、時間の過ごし方
が変わった。

以前はどこかでスピード感、
ぶっちぎり感を楽しみつつ
ココロの中では焦りまくり、
という日々がデフォルトだった(と今は思う)。
そしてその時期は
買物やら飲み会など、
何かを「消費」する機会が多かった。
「消費」することで
ストレス解消をしていたということが
今はよくわかる。


焦りがいつもあったということを
客観的に観察できるようになってからは
その居心地の悪さを
もう手放したい、と思うことが増えた。

私の周りには
仕事をしている友人が圧倒的に多いが
仕事の進め方や強気の姿勢、プライドへのこだわりなどに
違和感を感じることがふえた。
昔の自分を映す鏡のように感じることもある。

すべてではないが、
自分の在り方や感じ方が変わったんだな、と思う。

時々不安になると、
今のままでいいのかなと思うこともあるが
仕事をするしないにかかわらず。
以前のやり方に戻りたくはない、ということははっきりしている。

忙しいことは「ココロを亡くす」と書く、という。
「忙殺」というコトバもある。
余裕のない状態が続くと周りが見えなくなる。
何より、自分自身が見えなくなる。

病により、
足許ばかりを見るような生活になったけれど、
回復の経過とともに
視線を前に向ける気持がふえてきて
今の自分にはこんなバランスがよいのだろう。
一時期よりは視野も広がりつつある。


11月の天気のいい日、
友人と上野に「チベット展」を見に行く。

友人は休職中で、
今は自分のやりたいことをして過ごしている。
以前、野戦病院のような熾烈な職場を共にしていたこともあり
私にとっては「戦友」のひとりである。

彼女が教えてくれた上野公園の中の和食屋さんで
ゆっくりと昼ごはん。

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ちょっとピンぼけですが。

ちまちまと沢山の種類のきれいな料理が入ったお弁当は、
本当にシアワセで贅沢な気分になる。
年々、日本人で良かった、と思うようになったのはトシのせいでしょうか…


このご飯には煎り大豆が炊き込まれていて、
噛むと香ばしい香りが口一杯に広がって
それはそれはおいしゅうございました。
赤出しとの相性もばっちり。
赤出し、うちでは作らないが
たまにいただくと本当においしいなあと思う。



食事の後、日当りのいいテラスで
猫のようにひなたぼっこをしながら
あのころ私たちは何と闘っていたんだろうね、と話す。

目の前にいたのは
病を抱えた人々だったけれど、
その後ろや場の中にいる魑魅魍魎のようなものと
闘っていたんだよ、と友人が言う。


本当にその通りと思った。
自己保身など到底できないくらい
必死な毎日で、
癒しとかなんとか、きれいごとは通用しないし
患者さんも私たちスタッフも
命をかけてそこにいた、日々だった。

…ひなたぼっこしながら
あの時間を通り過ぎて
こんな話ができるようになったんだなあ、と思う。

飾りも変な気遣いもいらない
ゆったりする時間を共有できて
とても幸せな午後だった。

「チベット展」の仏様たちも
なんだか人間くさいお顔だったり、
気に食わないと大暴れしてしまうお方がいたり(笑)
とてもとてもゴージャスでエロティックな美人がいたり、
バラエティ豊かでした。
仏像マニアよ、ぜひご覧あれ。

仏様の世界ですらコレだし(笑)
大変なときも幸せなときも
両方あるからまた面白いのだな。

今は、
何がいいことで、何が悪いことなのかも
白黒つけるように
はっきりと分けられないと感じることがふえた。

がんになったことはつらい体験だったけれど、
それがもたらしてくれたことも大きいので、
何が不幸で不運とかということも言い切れないよな、
と今は思っている。

あのまま、
スピード感たっぷりでぶっちぎって生きて行かれたとしても
いろいろなことを置き去りにしていたと思うから。

でも、意識的な選択を超えることも含め
自分の道はよりよき方に動いている、
ということだけは
楽天的に確信している。
今も、これからも。


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by holyqueen | 2009-12-04 14:48 | がん以後の変化

ゾラデックス最終日。

本日は待ちに待った、
ゾラデックス24打目、最終日だった。

病院に着くと
いつもより待合室が込んでいて、
2時間ちょっと待ち…というところだろうか。
たくさんの患者に対応してきた我が主治医は
疲れも見せずに対応してくれた。
こちらから何か言う前に
「最後だね!」と(笑)

ゾラデックスに感謝はしているけれど
もうお世話になりたくはないですよ…

来月の診察で今後の方針や計画がきまると思う。

終わって、
いつも漢方を処方してくれた
腫瘍内科のDr.にも経過を報告。


帰り際にバッタリ知人に会った。
病院で知り合ったわけではなく、
あるところでお会いしていたのが
たまたま主治医が一緒だったことが分かり
治療談義などしたが、
彼女は
9年前に温存・リンパ切除ののち、
ホルモン治療5年がすんでから
骨転移したという。

標準治療の他にも
保険外治療、東洋医学などをやっているという
話をする。

ステージも治療内容も違うけれど、
治療が奏功するのも
ほんとうにタイミングですね、というところに
話が落着いた。

誰かに奏功した治療でも
体力や治療の状況など、さまざまな
タイミングが合わなければ
それが効くとは限らない。

甥の例を考えても、
(白血病は治癒した、と言われていたのに
肺炎で落命した)
タイミングも運もあるのだろう、
とやはり思う。

私よりも長く治療を続け、
身体を張って仕事を続けている彼女を思うと
なんだか
ゾラ終わりっ!!と浮かれそうな気持も
ちょっとしぼんだけれど、
とても他人事とは思えないし、
だからこそ
こうしてまた今日という一日を
与えられているということの意味や
そしてまたあらためて
この病とのおつきあいは一生もんだよなあ、
という感慨に耽った。
今年は特に周りで亡くなった方も多かったので…

それでも、
ゾラデックスの終わりは
自分にとって、
ひとつの区切りであることは確かなこと。

この2年の経過を思うと
がんばってくれた自分の身体もありがとう、だし
ダメダメな状態を支えてくれたツレや
さりげない気遣いをして下さった友人達、
エールを送っていただいたり、
さまざまな情報を教えてくれたブロ友さんたちに
感謝です。



「悪いこと」というのも
そのときの受け止め方であって、
どんなにひどいと思えることであっても
自分がその中に
何を見つけて学べるかで
受け取り方が変わってくる、
というのが
ここ4年ばかり
大変なことの連続だった中から
得たことでもある。
もちろん、時間はかかるけれど…


未だ続く
ゾラデックス後特有の
頭痛はまだ続いていますが、
それをしみじみ味わいながら(笑)
明日に向かい歩いて行こう、と思います。


どんな明日であっても、ね。



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by holyqueen | 2009-11-10 22:04 | ホルモン療法

右胸全摘後2年の経過

今年の10月21日で、
右胸全摘から丸2年経過した。

もうとても昔のような気もするし、
まだ2年かあ、という気もする。

先週、大腸がん摘出からの
6ヶ月検診も受けたところで
(結果は来週だけれど、大きな病変はない様子…ほっ…)

でもまだまだ安心しきっててもいけないのよね、
とあらためて思う次第です。

以下、ざっと経過を。


<初年度〜1年後>

・術後の冬は冷えに敏感になった。
・運動指導の仕事にも3週間ほどで復帰したが、
・右腕の可動域が狭くなったこと、
・エキスパンダーを挿入していたせいもあり、
 動かすときに引き攣れや痛みを伴った。
(運動を続けるうちにかなり改善)
・ホルモン療法を始めて1週間ほどで抑うつ状態出現。
(主治医曰く、出現が早かったとのこと。
 もちろんそれが出ない方もあるかと思います)
・同じく副作用による「記銘力の低下」が著しい。頭重感も。
(これは9ヶ月ほど顕著に続きました。)
・ホルモン治療の副作用としてよく挙げられる
 「ホットフラッシュ」はほとんどなし。
 (おそらく呼吸法のおかげが大きいと思う。
 実際、病院で更年期世代の方に指導したところ、
 やっている間はホットフラッシュが止まった、という方がいた。
 もちろん個人差はあると思うが、
 深い呼吸は自律神経の安定に効果があるので
 お悩みの方は試してみるといいかと思います)
・同じく副作用として顕著な体重増加もなし。

※この1年は日々、心身の変化にとても敏感になる。
 初めての事態でもあり、自分への注意深い観察を続けようと決めたこともあり。
 以前のように何かしようとするととても疲れてしまったり、
 無理しても疲れや意欲低下がひどくなることを実感。
 とはいえ、最初のオペから半年後、2次再建の2ヶ月ほどあとには
 3週間NY一人旅をしていました。
 帰国後の翌月、3次再建。
 体力が回復してくるプロセスを、じわじわと実感。
 同時に、精神的にもテンションが上がることもあったが
 一時的でもあった(やはり今思うと本当には回復していなかった)
 心身の状態にはかなり波があった。
 仕事にはほとんど支障を感じなかった。


<1年後〜2年後>

・自分の状態からがんにまつわる様々な情報、報道に意識が向くことがふえる。
・初年度の方が今後の経過に不安があったため精神的に緊張していた。
 今年は緊張が緩み、荷下ろし後の意欲低下、のような気持にもなった。
・ゾラデックス注射後の頭痛はあるときもないときも。
 だが、回を重ねるうちにあったとしても持続時間が短くなる。
・前年より冷えを感じなくなった。漢方薬投与のおかげもあると思う。
 が、身体の冷えに左右差が出てきたことも感じている。
 やはり患側のほうに冷えがあり、それによってか
 足がつったりすることがふえた。
・頭重感、ほぼ感じることなくなる。
・大分体調が良くなった!と喜んでいるところに
 大腸がんみつかる。3〜6月はそちらの検査、手術、心配でいっぱい。
・野菜中心の生活に意識的にシフトする(乳製品、四つ足は食べない)
 にんじんジュース始める。
・大腸がん摘出後からは
 心身ともに「あきらかに回復した」と感じることが顕著。


※にんじんは基本的に有機のものを使用。
これと同時に、ほぼ毎日生のたまねぎ入りのサラダを食べているが
低かった血圧(だいたい90/60くらいだった)が
120/80くらいと、健康的な数値に改善されました。
にんじんのおかげか、たまねぎのおかげかは分からないけれど、
どちらもいつもおいしい!と思えるものなので
これからも続けていけるな、という感じです。
(ジュースは本当にオススメです。
買うよりも作る方が断然甘くおいしくフレッシュ♪♪)



…以上が全摘後2年のざっとした流れであります。


年齢(現在48歳)もそうだけれど
元々の体力や性質も大いに関係するところでしょう。

以前にも書いたけれど
身体にメスを入れること、
薬剤を継続的に投与されることは
心身の状態に大きな影響を及ぼすし、
その影響を侮ってはいけない、とつくづく感じた日々でした。

ただ、
今でも「患者」ではあるけれど、
いつまでも「病人」ではない。

こういう線引きがどの時期からできるかというのは
個人差があると思う。
そしてそこで焦ってもいけないんだよね、ということも。

とにかく身体の声を注意深く聴き、
(ボディワークをするとよくわかります)
身体とココロにに沿って行く、という方針を
私はとったけれど
どのように病を経過して行くのかも人それぞれでしょう。

でも自分を大切にする機会をもらったなあ、ということを
つくづく感じる。

病気以前のような仕事のしかた、
時間の使い方、
生活の在り方に戻りたいとは思わない。
病から得たことも、ほんとうに沢山ある。

まだまだ落ち込むことも
この2年、停滞していたのではないかと不安になることもあるけれど
先を見てよりよい方向に変化して行きたいな、
と思う今夜でありました。




みなさまも御身大切にされますよう!


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by holyqueen | 2009-11-07 23:20 | 術後の心身の変化
さきほどの金スマをごらんになった方も
多いと思いますが、
川村カオリさんが出演していました。

2004年、左胸全摘の後。

全摘した左胸にかゆみを感じ受診
よくあることだとDr.に言われる

腕に痛みを感じ受診

整形外科へ回される
(診断名がつく)

しこりに気づく

2008年、再発転移を確認される
(リンパ、肺、骨)

テレビ番組なので
どこまで正確な情報を提示しているかは分からないけれど、
このような流れだったという。

…憤りを感じてしまった。
もっと早く分かっていれば、
と彼女だけでなく、
がん患者ならば誰もがそう思うに違いない。


再発の70〜80%は術後2〜3年で発見されることが多いらしい。

術後、5年目以降の再発は、
20%〜30%とのこと。

ほとんどの癌は5年でほぼ克服といえるらしいが、
乳癌は10年を見ないといけないな、と思う。



長期戦で臨まないと。


何より、必要のないストレスから遠ざかるように心がけている。
2月はかなり体力の回復を感じていたのに、
検査以後は
やはり心身ともに疲れを感じるようになった。


正直者のカラダです。


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by holyqueen | 2009-03-14 00:16 | 乳がん情報

冷えの左右差。

本日は関東も朝から雪、
そして氷雨へと変わった。

この冬は暖かい日が続いていたので
いきなり5度以上気温が変化すると
身体がビックリする。
そして気圧も低いので
活動性が下がる。

時々、自分でも
まるで冬眠をする動物のようだなと
思うのだが…

2次再建で昨年3月にインプラントを入れてから
10ヶ月。

冬だとよくわかるのだが、
やはりインプラントを入れた右胸は
触るとしびれ感があり、
寒さを感じていると温度も違う。

一昨日、
足の裏をマッサージしていたら
右足の方が冷えていることに気づいた。

冬になってからは
右だけに腰痛もある。

冷えがいかに恐るべきものかは
昨年の冬からは実感。

術後これだけの時間が過ぎていても
斯様に
まだ左右で差があるのだなあ、
とあらためて気づきました。

カラダはとても賢いので
大きな変化にも
適応してくれるけれど、
それをアタリマエに思うことなく
感謝しつつ
大事にしないと…。

ミナサマもくれぐれも
冷えませぬように。

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by holyqueen | 2009-01-09 23:28 | 術後の心身の変化