乳がん治療と乳房再建、そしてこの病気からどんなギフトを得るのか?自分の体験を通して、病気とは人にとって何なのかを観察記録していきます。


by holyqueen
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年頭に思うこと。

昨年は、
例年になく多くの訃報を聞いた。

演出家の知人、
13歳の甥、
友達のお兄さん、
友達の猫、 友達の犬、
嫂の父、
行きつけの店のマスター。
治療仲間の友人や、
知合いを含めればもっといる。
知合いでないけど、
清志郎も、ピナ・バウシュも。

いくつかの葬儀にも出た、


このお正月、年賀状の文面から
沢山のいのちが生まれ出ていたことを知った。

同じ職場で仕事をしており、
バラバラになってからも
一緒に旅行に行ったりしていた
3人の友人、すべてのところにかわいい天使がやってきていた。

WSに来ていたメンバーで
今はアメリカに住む女性も、
あちらで生まれた男の子を
見せに来てくれた。


なんとなく、不思議な気分になった。

そして昨年は2人の友人が結婚した。

1人の結婚式では
ダンス・パフォーマンスもやった。
(奇しくもそれは嫂の父の通夜の日でもあった)


一昨年から、
周りで亡くなる方がふえていて
昨年はそのピークなのかしら、と思っていたけれど。
今年もさっき、また。


でも総体的に見てみると
亡くなったタマシイは
今生での衣を脱ぎ捨てて
彼方の世界へ昇って行き、

彼方の世界からは
新しい肉体を得て
また生まれて来ているのね、
と思った。


結婚をするということは
新しいタマシイの媒介をしますよ、
というこなのかもしれない。




知っている人が亡くなるのは
本当に残念で、悲しい。
(それはもっとこうしてあげたかった…という気持や
罪悪感が大きいと思う)

時間は取り返せないけれど、
そのひと(とか動物)を
思う気持、感謝する気持があれば
それはそのひとに届くのではないかと思う。
生前、どんな関係だったとしても。


私の場合も、
父が死してから
本当の意味で
感謝できるようになった気がする。
モノゴトの表の面だけを見ているうちは
気づかないことが
沢山あるものだということも。


そして、
新しく生まれ出たかわいいタマシイたちには
たくさんの人から愛情が注がれる。


こちらから去って行っても
こちらに来るものにも
媒介となるのは愛情なんだな、と思う。


他界した方には「いってらっしゃい、ありがとう」
生まれて来た赤ちゃんには「いらっしゃい、楽しんでいってね」
って。


死はふいに訪れるものでもあるから、
自分の危機の状態のときに
いやというほど向き合って、
今は死そのものを恐れてはいない。
誰かが亡くなる、というのはやはりつらいけれど。


つらいのなら
思う存分悲しみましょう。

そして、涙が止まったら
惜しみなく愛しましょう。
自分の身体も。
この人生も。
悔いのないように、
愛情をちゃんと表現しましょう。
悔いの少ない人生を送りましょう。


とか、
つらつらと思う年頭です。


今年もよろしくお願い致します。




☆☆☆☆☆☆☆

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by holyqueen | 2010-01-04 02:11 | 死と生について考える

湯灌の思ひ出。


「おくりびと」の原作である
「納棺夫日記」を読み返している。

この作者の文体は、
簡潔で淡々としている。

読んでいるうちに
自分から距離をとれ、
世間の物差しから距離がとれ、
静かな気持ちになることが多い。

ひとは誰しも死と生を生きている、
というシンプルな事実に立ち返る気持にもなれ、
時々引っ張り出しては読む。

読む毎に感じ入ることがある。


今日は読みながら
父の湯灌の時を思い出した。

私が仕事に行っている間に父が死亡したことは
以前ここに書いたけれど、

葬儀の手配先は既に決まっていたので、
死後、遺体はすぐに互助会の事務所に移動された。

葬儀まで1週間ほどあった。
事務所とはいえ
祭壇もあり、葬儀まで遺体を冷蔵保存してくれる。

葬儀の何日前だったろうか。
そこで湯灌を行ってくれた。

祭壇のある部屋で待っていると
係の男性と女性が
これから湯灌の儀を始めます、
ということをアナウンスし、
ステンレスでできた低いストレッチャーに乗せた遺体を
まるで舞台袖から出てくるように運んでくる。

横になり、
白装束を着せられている父の遺体の
胸辺りから足の先まで、白い布をおろして隠し、
装束を脱がせる。
そして設置してあるシャワーを使い、
身体を洗ってくれる。
そこまで、我々はそれを見ているだけである。

頭にシャンプー(!)をつける。
係の女性が少し洗ってから
よろしければご家族の方もぜひ、
という意味のことを言う。

シャンプーの泡の中に指を入れ、
ごしごし動かす。
アタリマエのことだが、
地肌が冷たい。
でもね、シャワーはぬるま湯だったのです。

再び係の女性が
身体全身に最後のシャワーをかけて清めてくれ、
タオルで丹念に身体の水分を拭ってくれ、
また白装束を着せる。

隠しの白い布がとられる。

メイクアップアーティストが使うような
本格的なメイクボックスを持ってきて
丹念に顔のメイクをしてくれる。

これで、湯灌の儀は終了だった。
見事なまで無駄のない動きだった。


死斑の出ているであろう身体を
見せないための演出は、
その時の自分にとっては
生々しい死の隠蔽なんだな、と感じられたことだったが、
それを見たくないという方も多いのだろう。

それにしても鮮やかな手さばきが
印象に残っている。



きっと彼らは
「おくりびと」を見たのだろうな。



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by holyqueen | 2009-03-24 21:38 | 死と生について考える

体外離脱…?

今を去ること10数年前かしら。
真夏の、暑い日の午後だった。

私はその頃ダンスの舞台を控えており、
毎日仕事のあとに夕方から夜中まで
稽古と打合せで帰宅も遅く、
へとへとになっていたのだった。

その日は珍しく一日休みで
母と姪が私の部屋に遊びに来ていた。
夏の盛りだった。
午後、あまりに暑く、近所に出かけた後
3人で昼寝をすることにした。

クーラーをかけて
ほどよく涼しくなった部屋で
母と姪はすぐさますうすうと寝息を立てている。
ふだんは寝つきの悪い自分も
たまった疲労と暑気あたり、そして心地よい環境の中
眠りに引き込まれていった…

が。

半分寝入りかけていた私の額が
まるでそこだけエレベーターで急上昇するときのように
ゴゴゴゴ…と揺すぶられた、ような感じがした。
そこだけに、すごい圧がかかっているような感覚であった。
そして次の瞬間に
そこからすっぽ〜んと「出ていった」ような感じがしたのだ。


え〜っ!と思っているうちに
いつの間にか、私は天井近くにいた。
えっ!
こういう時って自分のカラダを見たりするらしいよね〜と
意識のどこかで思っていたのであろうか。
下を見下ろした。
南向きの部屋の、明るい陽射しの下で
くちゃくちゃになったふとんが見えたことは憶えている。

そして次の瞬間
目の前が真っ白な光で輝き、
それ以外何も見えなくなった。
エレベーターはさらに上昇しようとしている、と感じた。
ぐんぐんあがっていく。

その瞬間、どこにいってしまうのかわからないという恐怖が生まれ、
私はココロのうちに亡くなった祖母の名前を呼んだ。
(今でも祖母は私のお守りなのである)


次に気がついたときには夕方であった。
私はふとんの上に寝ていた。
母と姪は健やかな昼寝を堪能していたようであった。


これは体外離脱の体験だったのかな、と今でも思う。
あのまま上昇を続けていたら
宇宙から地球を眺めることができたのかしらん。
今思えばもったいないことをした…
死ぬ前に、自分の身体を抜け出せるなんて
滅多なことでは体験できないから。

人間の究極の不安と恐怖は
「死」である。
死んだらどこへ行くのか、
死んだら無になってしまうのか、
人により、
その恐怖の質も違うのだろう。

ただ、臨死体験をした人の多くが
死ぬことが怖くなくなると言う。
(興味のある方は→に紹介してある
立花隆の『証言 臨死体験』をご覧あれ)

自分も先日のワークの体験から
それに近いことを思っている。



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by holyqueen | 2008-12-23 13:23 | カラダとスピリチュアリティ

2年前のこの日に

2年前の今日、
以前の職場の同僚の葬儀に参列した。


彼女とは結婚した年、月も同じで一日違い。
彼女の結婚記念日当日が
彼女の告別式になってしまった。

突然の、自殺だった。

久しぶりに顔を合せた
昔の同僚たちと
帰りにお茶を飲み、
近況を報告し合ってから帰ったが、
なんともやるせなく
辛い気持だったことを
今でも思い出す。

彼女は私と仕事をしていた職場を辞め、
次の職場に移ってから
「ぜひ一緒に仕事をしましょう」と
誘ってくれ、そこに挨拶にも行ったのだが…
それが生前の最期の姿となった。
桜の終わりかけの、
花びらがほろほろと舞い散る季節だった。

今年になり、
自分の新しい職場に入ってきた女性が
偶然にも彼女の次の職場で
短い期間だったが一緒だったことがあり、
悩んでいた問題があったらしい、と伝えてくれた。

彼女の魂が、
今は平安に楽になっているといいな、と思う。

また、生まれ変わったら
一緒に仕事をしましょう。
今度こそね!



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by holyqueen | 2008-10-10 19:06 | 死と生について考える
私の乳がん告知は昨年だったが、
一昨年は父が肺がんとなり、肝臓に転移していた。
8月から入院し、12/18に他界した。

家族の我々は
当日の朝、容態急変の電話をもらい、
病院に駆けつけていた。

父の意識はもうないようで、
酸素マスクをつけ
時々、ひっ、と苦しそうに息を吸っていた。

私は当日に仕事があり、
それをキャンセルしようと思っていたが、
前日も同じような状況であったこと、そして
兄妹が「少し安定してきたから行ってきたら」と
言ってくれ、後押しをされるように昼前に仕事先に出かけた。
(町医者の家に生まれ、
夜遅くの急患や、往診などに父が対応しているのを
見ながら育った私は
自分のクライアントが待っている状況を
すっぱりと切ることができなかったのも事実だが、
家族からは性格が父に一番似ているとも言われていた。
まあ、この責任感の過剰なところが
がんになった理由の一つであると今は思う。)

17時に仕事を終え、会場を出ると
夫の車が待っており、
すべてを理解した。
14時50分だったという。
何となく、ああ、私のところにはお知らせは来なかったな、と思った。

病院に詰めていた兄と妹に、後から話を聞いた。
妹も、仕事の電話かなにかで
病室から外していた時、
兄の腕の中で亡くなったという。


お通夜の席でのこと。
長年懇意にしていた隣家の奥様より、
こんな話を聞いた。

お昼過ぎだったか、時間ははっきり憶えていないけれど、
父の車が止まる音がして、
家のドア(木のドアでかなり重い。閉まるときにバタン!と大きな音を出す)
が閉まる音がしたとのこと。
いつも聞いていた耳馴染みのある音なので
あら?お帰りになったのかしら、と思ったとのこと。

父が入院してからは
実家には誰も住んでいなかったし、
家族が行く以外は誰も訪れる人もいなかった。
もちろん、父の車は誰も運転していない。
キーは、彼だけが持っていたから。

父は
車を運転することが大好きで、
自分が建てた家に愛着を強く持っていたので
その話を聞いたとき、
とても納得できる気がした。

そしてその後、
実家の片付けのため
一人で訪れたとき、
空気がきれいになっていたのに
ビックリ。
うちは小さな町医者で、
診療所と住居が一緒だったのだが
そんなことも影響してか
いろいろな目に見えないモノたちがわだかまっているのを
家族の皆が体験していたのだが、
その気配がすっかりなくなっていた。
(父の入院中、一人で実家に行くと
昼間でもぞくっとすることがあり、
やけに疲れ、長居ができなかった)

連れて行ったんだな、と思った。

父のタマシイは迷うことなく家に戻った。
そしてどこかに去って行った。

自由になったんだろうな。

いちばんかわいがっており、
将来を心配していた姪のところには
監視?に行くこともあるらしいが…

私は身体から抜け出たら、
まずどうするかな…
と時々思う。



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by holyqueen | 2008-07-15 11:45 | 死と生について考える
結婚したての頃、
ツレとよく話した話題…

それは自分の葬式をどうしたいかと
骨をどうしたいか、であった(なんちゅう夫婦…)

私はずっと舞台やイベントをやってきたので、
自分の葬式の進行台本は書いておきたいし、
そのときのゲスト(歌とか踊りとか)の選定や
選曲も自分で考えようと思っている。

そして骨に関しては
二人とも墓はいらない、ということで一致。
ツレは故郷の海と、旅行で訪ねたフィジーの海に撒いてほしいとのこと。

私はまだまだ迷っている最中で、
どこかはまだ決めていないけれど、
山と川がいいなあ、と思っている。

そんなことを飲みながらよく話していたけれど、
当時よりはぐっとリアリティが出てきている。

これからの人生で、きっとここだ!という場所が出てくるだろう。
それを楽しみに探そうかな。

☆☆☆☆☆

いつも読んでいただいてありがとうございます。
乳がんのことをもっと広く知っていただきたいので、
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by holyqueen | 2008-06-30 07:00 | 死と生について考える